第2284話・第十二回武芸大会・その六

Side:六角義弼


 若武衛殿に連れられて観覧の席を離れた。よいのかと思うが、尾張では珍しきことではないらしい。あちこちで試合をしていることもあり、各々で見たいものを見に行くのだとか。


「内匠頭殿は子が好きなのか?」


 ふと、若武衛殿に問うてみた。腹の中を見抜かれて以降、恐ろしい御仁だとばかり思うておったが、武芸大会の観覧の場では立場も忘れたように幼子らと遊んでおる時が多い。


 誰の子とも知らぬ赤子の下の世話までしておる様子には、驚きを通り越して信じられぬものがあった。


「ああ、そうらしいの。わしの子にもよう会いにくる」


 そういえば院の極﨟殿が解任された一件もあったな。子を粗末に扱うと内匠頭殿の怒りを買うか。覚えておこう。


「実力か偶然か分からぬ武功を生涯誇る者が多いというのに、この国の者は毎年の如く挑むことを求める。家柄や血筋しか誇る者がない奴がよう騒がぬの」


「武芸が不得手ならば文官や警備兵になる。それも向かぬならば芸事でもなんでもよい。己の才を見つけ育てるのだ。もっとも家中は忙しい故、文官か警備兵で役目を持つのが常だがな」


 己の好きなようにやりたくば、有無を言わさぬ力を持たねばならぬのであろうな。


 正直、かような国を治めるのは難しゅうてわしには出来ぬと思う。曙殿に聞かれたら叱られるかもしれぬが、近習や側近を怒鳴っておるほうが楽だ。


 ただ、そうなるといつ謀叛を起こされるか分からぬようになる。毒見を終えた冷えた飯を食うはめになるのであろう。


 無論、わしがそうしたいと言うておるのではない。近江でわしがそれをやれば、ろくなことになるまい。


 祖父上や父上の手前決して口には出せぬが、織田に降り、従うて生きたほうが楽なのではと思える。この国と比べられ対等に国を治めるという至難の業を成すよりはな。


 父上は常々、管領代は家職ではないと聞き飽きるほど言うておる。わしがその器でないと言いたいのであろうが、それを抜きにしても管領代として畿内の面倒を見るなど六角に利がないのではあるまいか?


 朝廷が滅び畿内が荒れ果てても、わしにはなんの関わりもない。勝手に死ねとすら思う。


 上様と尾張さえ健在ならば六角は生きていけるはずだ。


 ただ、そこまで考えて分かった。


「皆がこの国を守るわけじゃの」


 何故、皆が内匠頭殿と尾張を守ろうとするのか。世のためなどではない。己の家と一族を誰が守ってくれるかと考えると、それはもう朝廷や畿内ではないのだ。


 わしのような余所者でさえ、いずれを選ぶのだと問われると尾張を選ぶ。朝廷に従うたとて南北朝の頃のように敗れると見向きもするまい。内匠頭殿は身分に問わず助けを求める者は見捨てぬと言うからな。


 比べるまでもないわ。




Side:久遠一馬


 二日目のこの日、運動公園内では武芸部門の試合があちこちで始まっている。さらに津島・熱田・蟹江では昨日から引き続き文化芸術部門の展示がされており、美濃井ノ口では今年も農産物の展示会が行われている。


 武芸大会を一度見に来ただけではすべてを見て回れない。そう言われるほどだ。昨日手に入れたガイドブックにも、そんなことが書かれている。


 会場内には他国から見物に来た武士や牢人も多い。中にはそれなりに名の知れた武芸者も多いとのことだ。


 出場しなくても試合を見て学ぶことは出来る。領民や旅人が楽しむのとは無縁な様子で真剣に見ている人もいるらしい。


 名のある人は負けると一族や弟子が煩いからね。織田家中でも出ていない人はいるんだ。ウチの慶次なんかもそうだし。


 これはまったくの偶然なんだけど、慶次が出ないことで無理に武芸大会に出なくていいんだと織田家中では思われている。前は出ないと信秀さんやオレの機嫌を損ねるのかとか気にする人がいたんだ。


 ところが慶次も出ていないしと言うと、大体の人は納得してくれる。


「さあ、今年の武芸大会で勝つのはこのお方だ! 常日頃からの鍛練の様子なんかも聞いて考えた、オレの見立ては間違いない! 買ってくれたら詳しく書いておるぞ!」


 移動を兼ねて露店を見ていると、武芸大会くじの予想屋がいたことに驚く。そういや、こういうの禁止してないもんなぁ。


「いろんな商い考えるね」


「小銭稼ぎですね。構わないでしょう」


 一緒にいるエルとナザニンとルフィーナと顔を見合わせるが、わら半紙に書いた予想を売っているらしい。紙と墨代を考えると、どこまで儲けがあるのか分からないレベルだ。


「よく見ると絵を売っている人が増えたなぁ」


 それと武芸大会、最初の頃から見ていると明らかに露店が多様化している。特に絵が多いんだ。清洲城や恵比寿船、鉄道馬車なんかの絵が売れ筋らしい。


 あとは諸国を歩いている絵師だと、尾張以外の名所の絵を売っていたりする。こちらは尾張の人に人気らしく高値でも売れるみたい。


 実は、武芸大会で絵を売り始めた元祖は留吉君なんだよね。肉体労働が苦手で暇さえあれば絵を描いていた子だったから。せめて役に立ちたいと売ったのが始まりだ。


 留吉君の立身出世、尾張で知らない人はいないだろう。他国から来た無名の絵師なんかは、とりあえず祭りで絵を売って名前と顔を売るんだ。


 あと慶次が始めた似顔絵描きを一緒にやるのが、ここ数年の流行りらしいね。


 ちなみに武芸大会とか花火大会の頃になると、孤児院に名のある絵師が滞在していることが多い。雪村さんの伝手やそのまた伝手とかで泊めてほしいと頼みに来るんだ。


 宿代とかは頂かないが、その分、絵とか残してくれることが多くて、孤児院には美術館を開けそうなくらい絵が集まりつつある。


 お金がないわけじゃないんだろうけどね。メルティとか留吉君と会いたい人が武芸大会や花火見物を兼ねて今でも訪ねてくることはあるんだ。


「あっちには人物画もあるね」


 ルフィーナの言葉に驚いてみると、確かに人物画だった。遊女だろう。美人画がいくつもあり、中には写実的な絵もある。


 ただ、武士の絵はない。身分ある人の絵、勝手に描くのは憚られるという時代だからなぁ。武芸大会出場者の絵とか売れそうなんだけど、絵師の皆さんが自主規制している。


 とはいえ、探せば春画とかはあるんだろうなぁ。禁止はしていないし。


 ああ、尾張で絵師のとりまとめをしているのは、雪村さんだったりする。メルティは忙しいし、留吉君はまだ若いし。正式な役職じゃないけどね。


 あまりやりすぎないようにと絵師たちに加減を教えつつ、食うのに困る人とか出ないようにと動いてくれているんだ。


 職人組合とか商人組合の様子を見て、絵師たちもまとめ役がいるだろうと察して動いてくれた。自主規制はその賜物だね。




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