第2283話・第十二回武芸大会・その五

Side:三好家の者(清洲留守居役)


 本領ばかりか遠方の属領からも多くの民が集まり、己が得意とするものを披露する。なんとも奇妙なことをすると思うておったが、いざ見てみると、その意味を察する。


 国人や土豪が所領を手放すわけだ。


 お味方致す、臣従致しまする。左様な言葉で従えたとて、いつ裏切るか分からぬ国人など要らぬと言えるわけがここにはある。


 斯波と織田が直に民と向き合い領国を治める。畿内で伝え聞く世評とは違う国なのだなと教えられる。


「一献いかがか?」


「これはかたじけない」


 日も暮れて、わしは清洲城の宴に招かれた故、参席しておる。馴染みの織田家家臣から声を掛けられ、酒を頂く。


「武芸大会は初めてであろう? いかがか?」


 その問いにいかに答えるか悩む。


「世辞など抜きにして、ようやれたなと思う。褒めるときりがないほど素晴らしき祭りなれど、誰もが理解しておらぬ時にこれをやれたことが信じられぬ」


 偽る理由もない故、思うままに答えると馴染みの者は笑うてしまった。


「ふははは、確かに。我らとて、献策したのが内匠頭殿でなくば出来なんだはずだ。我らは運が良かった」


 久遠内匠頭殿か。公の立場は今も織田一族の猶子であり弾正殿の家臣でしかない。もっとも、誰も左様に見ておらぬが。武士から僧侶、民に至るまでな。


 内匠頭殿がおれば生きてゆけると、人々の光明になっておるのだ。驚きなのは、内匠頭殿を支えているのは武士のみにあらず。尾張の寺社もまた、武士と同様かそれ以上に本気で支えておるということだ。


 宗派問わず、すべての寺社が本山よりも内匠頭殿の頼みを重んじると言われるほど。当人が和を乱すことを嫌う故、騒ぎとなっておらぬが。古からの叡智を受け継ぐ寺社の者たちが、内匠頭殿のためならばと己の利を差し出す。


 まるで東国の帝のようだ。口には出さぬがそう思える。


 また、同じ場には武芸大会見物に来た朝倉の使者が宴に招かれておる。因縁があるのではと思うたが、宗滴殿が久遠家預かりで療養してからはだいぶ落ち着いたとか。これもよくよく聞けば内匠頭殿が仲介しておるそうで、武衛様までもが宗滴殿には一目置いておられる。


「いや、武芸大会はよいの」


 それとこの御仁だ。北畠の大御所様。家督を譲って以降、蟹江に居を移し隠居しておられるが、数年前、当時の関白殿下に対し尾張と共に兵を挙げると言うたとか。随分と昔のことだが南朝方の大将軍だった家柄だ。


 その大御所様の一言に朝廷が恐れおののいたとまで言われておる。


 北畠が味方することで斯波と織田は孤立することがない。この御仁が蟹江におるだけで朝廷は動けまいと京の都で噂もあったほどだ。


 常ならば力を持てば周りが疎み、増える味方同士が争う。尾張にはそれがないのだ。内匠頭殿が皆を繋ぐ。光明と言われる由縁だな。


「せっかくの武芸大会だ。楽しまれよ」


「かたじけない」


 馴染みの者が楽しげに離れるのを見ておると羨ましくなる。三好家は今もなお乱世と言える畿内で苦労をしておるからな。


 もっとも畿内でもそれなりの者は尾張を理解して安易に争うのを望まぬが、半端に血筋や権威がある者は三好に尾張と対峙しろと求める。


 出来るわけがなかろう。我らは上様の下命と尾張の助けで京の都を押さえておるのだ。


 今年も殿の名義で武芸大会に銭を寄進しているが、織田の配慮から使い物にならぬ悪銭鐚銭を本来の額面通りに引き受けてもろうたのだぞ。あまりの粗悪な銭に、良いのかと織田に何度か問うたほどだ。


 誰が考えたのか知らぬが、恐ろしいことをしておる。


 幸い、細川の殿も尾張と争われる気がない。有象無象の愚か者のために動く気などないのだ。


 戦すらせぬままに世を変えつつある尾張に、戦をせねばなにも出来ぬ者らが勝てるはずもない。


 畿内が落ちる日も遠くあるまい。




Side:久遠一馬


 今夜はウチの屋敷で島の子たちと孤児院の子たちなどを集めての宴だ。明日から始まる武芸部門の前に激励を兼ねてね。


 今日は一日、領民参加種目だったが、例年と同じように盛り上がった。もう定着したと言ってもいいだろう。細かいルールや形を改善していくことは続けているが、誰でも出来る種目で競うという形は今後も変わることはないだろう。


 新しい競技のアイデアなんかも集まる。荷物を背負って走るのはどうかとか、駕籠を担いで競争するのはどうかとか。


 種目に関しては、もうオレたちが決めていない。織田家中で話し合ってスケジュールを調整しつつやるかどうかを決める。そのうち新しい種目が増えるかもしれない。


「お代わり!」


「アタシもお代わり!!」


 うんうん、子供たちがたくさん食べる姿は見ていていいな。武芸大会のこと、島と尾張の違いのこと、いろんな話があちこちでされている。


 ちなみに島の子供たちは武士がみんな優しいことに一番驚いているみたい。島でもお年寄りとかから乱世の話は聞くからな。武士の乱暴な逸話とかも聞いていたはずだ。その話と尾張の武士のギャップに驚くんだろう。


 実際、オレから見ても尾張の歓迎する様子は驚いたくらいだ。


 面目とか権威とか立場とか、日ノ本の流儀を踏まえて行動するように島の子供たちには教えているけど、武士の皆さんのほうがウチの流儀に合わせてくれていたし。


 子供たちは明日からの武芸の試合も楽しみにしている。島では主に久遠流を教えているからね。日ノ本の武芸を見られると楽しみらしい。


 久遠流というか、刀・槍・弓・鉄砲・無手などこの時代でもある武器を使う実戦的な戦闘術と戦術だ。


 そもそも久遠流、ジュリアが勝手に名乗っただけからね。もとはギャラクシー・オブ・プラネットの軍用戦闘術や戦略をこの時代にアレンジしただけだし。


 食事が終わると、のんびりと……というか、まだまだ元気な子供たちが騒いでいる。お酒が入っていないのにお酒を飲んでいる大人よりテンションが高い。子供のパワーって凄いなぁ。


 そんな時、ジュリアがリュートを弾くと、それに合わせて子供たちが歌い出した。


 元の世界のアニソンだ。すっかりウチの故郷の歌として広まっちゃったなぁ。人伝に、京の都とかでも歌を披露した人がいると聞いたことがある。


 ジュリアもそうだけど、実は妻たちの大半は知らない歌だったんだよね。全部、すずとチェリーが原因だ。ただ、子供たちが求めることもあって、妻たちはこっちに来てからその歌を覚えたんだ。


 おかげでジュリアもリュートでアニソンを弾くという、元の世界の感覚だと珍しいことを今もしている。


 それに合わせるように他の妻たちも楽器を弾くと、すっかり即席のカラオケ大合唱だ。


 こういうのもなんかいいね。




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