第2282話・第十二回武芸大会・その四

Side:丹羽長秀


 真新しい着物に袖を通した領民が、己の力の限りを以て挑む。そんな姿を見つつオレは運営本陣で役目に就いている。


 一昨年には槍の試合に出場して本選に勝ち進んだが、なにか違うと感じ去年と今年は出場しておらぬ。多くのことを学びたいと警備兵に身を置き、今年は警備兵の将のひとりとしてこの場におる。


 出場するのも悪うないが、こうして働く側に回るのもなかなか面白い。


 皆、気付いておるのであろうか? 武芸大会の秘訣は他国には出来ぬことをしているということを。


 武芸大会という場のために多くの武士や僧侶が働いておる。役目故、皆当然と思うておるようだが、この場では武士や僧侶が働き、民が己の力量を示す場と見物する場を与えられておるのだ。


 民のために武士や僧侶が働いているわけではないが、身分がある者が働き、民が楽しむ。他国ではあり得ぬ場となっておる。


 国をひとつにする。左様な大義名分の下、武士も僧侶も知らず知らずのうちに変わっておるのだ。


「また忘れ物だ」


 見廻りの警備兵が戻ると、その手には数打ちらしき槍があった。同じように届いた忘れ物や落し物が本陣に集まるのだ。


 草鞋や刀や槍から、坊主が使う数珠や編み笠など、様々なものが届けられる。中には銭を落とす者もおるほどだ。銭は拾った者が己のものとしてしまうが、拾った刀や槍などは売ると後で盗品と疑われて罰を受けることもある故、届けられることが多い。


「己の武器を忘れるとはな……」


 年配の武官が呆れ果てた顔をする。大方、其処そこ彼処かしこにある物売りのところで酒でも飲んで忘れたのであろう。


 当然だが、外で武器を忘れるほど飲むなど、武士としてあるまじき行為だと叱られる。


 他国ではあり得ぬとも言われるが、尾張だと刀を抜くことすら珍しくなりつつあるからな。旅人であっても気を許して武器を忘れて楽しんでしまう。


 織田家中の武士の中には下男に刀を持たせて己は持たぬ者がいるくらいだ。内匠頭様が日頃から刀を持ち歩かぬことで、真似る者が増えたのだ。


 武芸大会に携帯する槍など持ってくるのは間違いなく尾張者ではない。他の領国から来た者か、余所者か。安くて美味い料理と酒を飲み過ぎたのであろうな。まだ昼過ぎなのだが。


「昔は刀を抜く者が多かったからな。あの頃と比べると悪うない。誰であれ武芸大会の場を血で汚す者は許さぬ。それと比べれば些細なことだ。愚かだとは思うがよいではないか」


 武官大将である孫三郎様の言葉に、呆れておった年配の武官も大人しゅうなった。


「土岐家はそれで滅びましたからな」


「滅多なことを言うな。滅んではおらぬ。継ぐ者がおらぬだけでな」


 武芸大会の刃傷沙汰の話になれば必ず出てくる名だな。土岐は。されど、表だって笑い者にするようなことをすると叱られる。


 今も若い者がその名を出したことで孫三郎様に睨まれておるわ。


「好きに楽しめばよい。一馬はそのために武芸大会を考えたのだ。あれこれと忘れるのは愚かだが、罪を犯したわけではないのだ。探しに来れば返してやればいい」


 孫三郎様の言葉に皆が納得した。


 日頃からあまり役目にも顔を出されぬが、このお方はいるだけで上手くいく。見習いたいものだな。オレにはまだまだ無理だが。




Side:アーシャ


 島では見られないほど大勢の人が集まる武芸大会に、島の子供たちは楽しそうね。


 島の学校でも運動会はしている。ただ、あっちは大人も子供も一緒になって楽しむお祭りのような位置づけになるわ。司令が自身の権威付けなどを好まないことと、小さな島だということもあって常日頃からみんなで気兼ねなく生きている。


 運動会もみんなで楽しむお祭りなのよね。


 それと比較すると、尾張の武芸大会は規模も違うし、やはり島にはいない武士や僧侶や神職がいることで雰囲気が違うそうなのよね。


 島での私たちの立場は司令の元の世界での人間関係に近い。この時代の日ノ本だと身分が違うと同じ人と思ってはいけないほど格差があるけど、島にはそこまでの絶対的なものはないわ。


 もっとも尾張も近年では敬意を払う対象として扱われるけど、同じ人間と思ってはいけないほど住む世界が違う様子はなくなりつつある。


「皆の衆。美味しい屋台料理を買ってきたのでござるよ」


「たくさんあるのです!」


 孤児院の子たちや久遠家中の者たちが集まる席に、私と島の子たちはいる。そこにすずとチェリーが数人のアンドロイドの仲間と共に大量の料理を買ってきてくれたわ。


「うわ……」


「食べていいの?」


「好きなのを食べるといいでござる」


「足りなかったらまた買ってくるのです!」


 あらあら、さっきお昼を食べたばかりなのに。子供の食欲は凄いわね。


 でも、ちゃんとみんなで分け合うということを自然に出来ているわ。島の子ばかりじゃない。同じ場で見物する久遠家中の者たちや、隣の席で見ている他家の者たちにまで。


 司令と私たちが望んだ帰る場所。故郷は確かに存在するのだと何気ない行動から教えられる。


 司令の元の世界には、十年一昔なんて言葉があったわね。私たちがこの世界にきて十年が過ぎ、それまでと世の中が変わりつつある。私たちが変えたところ以外でも……。


 それが新たな違いとなり格差を生み、争いにもなったし、これからも争いとなるでしょう。


 ただ……、最終的に選ぶのはひとりひとりの人なのよね。


 誰を信じ誰に従うか。少なくとも尾張と近隣の領国の民は、自ら斯波と織田を選ぶくらいに信頼関係が構築出来たわ。


 島と尾張との関係も長い目で見ると懸念がなくはない。でもね。ひとりひとりの人が自ら選び紡いでいく縁が、尾張と島を結ぶ強い絆として懸念以上に大きく育つと私は思っている。


「あーしゃさま!」


 子供たちを見ているだけで温かい気持ちになって見守っていると、幼い子が私の分の料理を持ってきてくれた。


「うふふ、一緒に頂きましょう」


「はい!」


 信頼という現実世界を生きるうえでもっとも大切なものを、私たちは手に入れることが出来た。アンドロイドとして生を受けた私たちが、人として生きるうえでもっとも必要だったもの。


 私たちを受け入れ、共に生きたいと願ってくれた多くの者たちへの感謝を忘れてはいけないわ。


 彼らと共に生きるため、私たちは今しばらく希望の光を灯して迷わないようにしてあげないといけない。


 幸いなことに後進は育っているわ。


 次の十年が過ぎた頃が楽しみね。


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