第2281話・第十二回武芸大会・その三

Side:とある武官


 始まったか。武芸大会の賑わいが聞こえてくる。


 オレはその賑わいを聞きつつ、警備兵の手伝いに駆り出されて会場の見回りだ。


 あとひとり勝てば本選に出られたんだがな……。


 ふと幼き頃を思い出す。


 武芸の才はあるほうだと思う。武芸を習い始めた頃は、教えてくれた父上も周りの者らも、オレならば戦で武功を挙げることが出来ると言うて褒めてくれたな。


 元服した頃には、故郷では敵知らずとなっていた。さあ、戦で名を挙げて家を大きゅうするぞと意気込んだが、知らず知らずのうちに世が変わり戦がなくなった。


 父上は旧領の代官として可もなく不可もなく。立身出世は望めまいが、周囲との和を乱すこともないので上手うやっている。されど、当人は左様な己が好きではないらしい。


 オレには武芸で名を挙げて、周囲の顔色を窺うことなく生きてほしいと願っていたのだ。


 戦がなくとも武芸で身を立てる道がある。オレは父上の勧めで武官に志願した。誰でも武官となれるわけではなかったが、幸いなことにオレの武芸を認めていただき仕官が叶い、今に至る。


 だが……、世は甘くなかった。


 武官衆は皆、故郷で一番と言われた腕前の者ばかりなのだ。武芸も用兵も、皆、己が一番だと自負しておったが、すぐに己以上の者が世には多いと教えられる。


 武芸大会にて本選に出られぬ程度の者らに、あっさりと叩きのめされるのだ。中にはそこで心が折れてしまう者もおるとか。


 オレも幾度も心が折れた。故郷に戻り代官である父上の跡を継ごうか。そう思うたことは一度や二度ではない。


 されど、父上も一族の者も、オレが武芸大会で名を挙げるのを楽しみに待っておるのだ。


 未だ武芸大会本選には勝ち進めぬが、幸いなことに武官としては少佐という地位を頂き相応に立身出世した。


 戦に備えて武芸を鍛練し兵法を学ぶ日々。祭りやなにやらと人が集まる時には警備兵の手伝いもさせられるがな。


 それでも悪うないくらいに俸禄は頂いておる。


「くっそ、あの男が卑怯な手を使わねば、今頃わしが本選に勝ち進んでおったというのに……」


 ふとすれ違った牢人が左様な愚痴をこぼしていた。


 立ち居振る舞いからたいした力量はないと分かる。無論、相応に戦えるのだろう。牢人として戦に出ておる程度ならばな。


「来年また挑めばよかろう。この国は飢えることもない」


「……そうだな。有無を言わさぬ力を付けてやる」


 あの者らよりはマシか。行く当てもなく牢人に身を落とし、賦役やら用心棒として日銭を稼ぎつつ武芸大会に夢を見る。左様な者も少なくないとか。


 勝ち上がる者がいれば、敗れる者もいる。


 幾年も続けておると、毎年のごとく勝ち上がるには運ではなく実力がいると誰もが理解するのだ。


「畿内に戻ったとて暮らしてゆけぬ」


「ああ、あそこは地獄だ」


 決して厚遇されておるわけでもない牢人でさえ、あのようなことを言うのが今の世なのだ。


 ひと昔前は敗れた不満から暴れる者もいたが、昨今では左様な者はとんと見かけぬようになった。暴れた者は、二度と武芸大会に挑むことが許されなくなるからな。


 武芸大会本選に勝ち上がるのを夢見て、日々を生きるのであろう。それが尾張という国に生きる武芸者だ。


 オレも似たようなものだがな。


 一度でいい、本選に出て……。




Side:久遠一馬


 会場では領民出場種目が盛り上がっている。領国からの選抜者による競技となって以降、レベルがぐんと上がった。


 日々生きるだけじゃない。なにか目標があると人は変わるし、努力もする。無論、すべての人がというわけではないが。


 ただ、他国の話を聞くと、領内がいかに落ち着いているかが分かる。


 北畠や六角でさえ、領内の小規模な争いは未だにある。水や入会地を巡る争いから、因縁ある同士が小規模な争いを繰り返しているんだ。


 まあ、北畠領あたりだと問題を大きくしないように双方が自制しているし、旅人とか商人とか巻き込まない分別はあるが。


 報酬の出る尾張式賦役をやっていることで、そういう小規模な争いは減ったんだけどね。それでも争いを続けているところはある。


 さて今年の武芸大会だが、慶寿院さんが観覧される。歓迎疲れなどにならないようにほどほどの歓迎と対応をすることで合意しているものの、相応に遇してはいる。


 義輝さんが足利将軍として歴代の将軍でも有数の権勢を誇るだけに、そんな義輝さんの生母に相応しい扱いをしないといけない。


 ちなみに肝心の義輝さんだが、今年は菊丸として大会運営の裏方をしている。塚原さんの門弟の皆さん、主に審判として働いてくれているんだ。


 貴賓席の雰囲気は和やかだ。子供たちも楽しげだし、あちこちで談笑している。


 慶寿院さん、最初の頃こそ近寄りがたい感じで腫れ物に触るように扱っていたが、尼僧様として城を出て以降、雰囲気が変わったと評判だ。書画を見るのが特にお好きでおみねちゃんの絵を気に入ったのも、清洲城だと割と知られている。


 悪気はなかったんだと思うが、隙を見せずに形式に添う形で交流するだけだと、どうしても歓迎する側は本当に喜んでいるのかと不安になるからな。絵が好きでおみねちゃんから貰った絵を喜んでいるという話が広まると、みんなホッとしたんだと思う。


 まあ、先代の義晴さんの頃の苦労とか思うと、軽々しく気を許せとは言えないしね。仕方なかったのは皆さん察していることだ。


「あっちも上手くいっているね」


 それと六角義弼君、彼の様子も悪くない。なんというか身分や立場が上か下か。自分にとって敵か味方かいう視点で周りを見ていたものが変わった気がする。


 外交とか難しいことは老練な人に任せて、若いんだし楽しむくらいでいい。彼のことは義信君の功績だろうね。


 学校でアーシャから教わり、最近は外務の役目を手伝っているナザニンからいろいろと教わっているからな。その成果が十二分に出ている。


 どっちかというと、アーシャの教育の成果が今に繋がっていると思う。自然体なんだよね。義信君。周りが過剰に気を使わなくていいくらいに。


 主君と家臣。これも信頼関係の有無で双方の負担が全然違うからなぁ。義弼君もあのくらい自然体になれればいいんだけど。


「かずま?」


「いえ、なんでもありませんよ」


 オレは子供たちに囲まれている。織田家の集まりがあるたびに子供たちと遊んであげているせいか、オレを見ると喜んで近寄ってくれるんだ。


 正直、恐れられるのとか好きじゃないからな。今でも。子供たちくらいには、そんな扱いを受けたくない。


「では……、こちらでどうでしょう?」


「うわ!」


 うん、ババ抜きなんだから顔に出したら駄目だよ。


 ただ、そんな様子に周囲もまた微笑ましげに笑っていた。



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