第2280話・第十二回武芸大会・その二

Side:久遠一馬


 武芸大会だ。ウチの屋敷も那古野の町も朝から賑やかでいいね。


 那古野は試合会場ではないし、展示品もないんだけどね。大通りの沿道では露店を開いている人が見られる。


 子供たちは朝ご飯を食べたらすぐに清洲に出発した。小さい子は馬車で大きい子は歩いて行く。正直、道が混むから歩いたほうが早いんだよね。大人数だと。


 オレや妻たちも大半は徒歩で向かう。今までは周りが気を使うかなと馬車で移動していたが、今回は馬車をすべて子供たちが使うことにした。実の子と孤児院の子と島の子がいるから馬車はいくらあってもいい。


「武芸大会の案内あるよ~」


 うん? 露店で一際賑わっているところがあった。声に釣られるように覗いてみると、武芸大会を案内するかわら版を売っていた。


 しかもちゃんと書物のように綴じているんだが……。


「これは久遠様!」


「凄いね。それ作ったの?」


「わしが作ったものではございませぬ。那古野神社のほうで作ったものでございまして」


 気になったので見せてもらうと、各種競技の開催場所と注目の出場者、芸術技術部門の出品に関する情報など、いろいろと書いていて見て回るにはちょうどいいものだ。


 この人は那古野神社で作った分を売っているが、同じ内容のものを津島神社や熱田神社などの各地の寺社でも作って、それぞれの地元で売っているらしい。


 大会の進行プログラムとか、織田家では資料として作って関係者は持っているが、見物人に向けたこういうガイドは作ってなかったな。


 そこまで安くもないんだけど、主に領外からの客に飛ぶように売れている。


 尾張の人はどこでなにをやっているか、知っているからね。遠方の人が主に買うみたい。ちゃんと地図もあって分かりやすい。


 版画で作ったものを刷っているらしいね。ウチも孤児院で版画の制作をしているけど、こっちは版画絵の制作で手一杯だからなぁ。留吉君たちが作る版画絵は毎回大量に作っても品切れになるんだよね。


「さすがは寺社だなぁ」


 出場者や展示品の情報など、いざまとめるとなると結構大変だったりする。情報を集めて分かりやすいようにまとめるのは、知識がある人でないと難しいだろうね。


 何年もやると、みんなどうやったら盛り上がるか。また儲かるかと考えるんだなぁ。オレも参考になるかもしれない。一冊買って行こう。




Side:リリー


 子供たちと一緒に屋台の支度を終えた。屋台のノウハウは子供たち同士でも受け継がれているわ。


 地元の子供たちに手伝いをさせる対価としてお菓子や料理を与えることは、今も続いている。織田家としてどの屋台でも食べられる食券を用意して配るが、手伝った屋台の大人たちは、食券とは別に食べさせている。


 子供たちは、手伝いなど関係なく好きな屋台で食券を使うやり方が普及している。


 この仕組み。一時、報酬を払うか検討したこともあるけど。祭りに貢献するという意味を大切にしている人が多いことで、今もこの形のままなのよね。


「こら! 危ないだろうが!」


「ごめんなさい」


 ちょうど今も、無理に荷物を持っていた子供が近くの大人に叱られているわ。


 土岐家家臣に子供が斬られそうになったあの事件のようなことは、もう清洲では起こらないかもしれない。


 知らない子供であっても町の子としてみんなで見守り、時には叱ることで見守っている。おかげで人攫いなどの犯罪は尾張では大きく減ったわ。


 怪しい風体の者が地元の子と思われる子を連れていると、誰かが声を掛けて確認するのよ。あまりに周囲の目が厳しいことで、人買いの商人なんかは幾度も止められ、時には警備兵まで呼ばれて確認を徹底されることで面倒だと不満も聞こえるけど。


 それでもそんな社会が人攫いから子供を守っているわ。


「さあ、みんな始めるわよ~」


 すでにウチの屋台には大勢の人が並んでいるわ。みんなで協力して、料理や菓子、飲み物などを売っていきましょう。


「はい!」


 今日も忙しくなりそうね。でも……そんなお祭りがみんな好きなのよ。




Side:尾張在住の公家


 国がひとつとなり、皆が楽しみつつ武芸大会を営む。なんと素晴らしきことか。


 この祭りを余所者としてではなく迎えることが出来たこと。心からありがたきことと思う。


 無論、吾らとて己の立場は理解しておる。いつまでも客であれば、いずれ出ていけと追い出されるかもしれぬからの。この地に住まう者として労を惜しまず働くことをしてきた。


 京の都の屋敷は人手に渡りいかになっておるのかすら知らぬ。吾には戻る場所などないのだ。


「すまぬが、それを二十ほどもらえぬか?」


 あちらこちらに選ぶのが困るほどおる物売りから、美味そうなものを選び買う。


 近頃は銭も己で払うようにした。穢れや不浄と蔑んだところで銭がなくば生きていけぬ。無論、付き従う家人はおるが、銭も触れぬ身分だと知れると、この国の者は畏れ多いと避けてしまうからの。


「熱いのでお気をつけください」


「うむ、よいの。この熱さがよい」


 手に伝わる熱さが待ちきれぬ。尾張でよう見かける鶏の肉を焼いたもの。肉の癖などもなく美味しものじゃ。これもまた技と知恵がある。同じ肉を焼いたものでも味が変わるからの。


 今日の者の味はいかがであろうか?


 すぐにでも食いたいところじゃが、見物する席に行くまで待つか。酒にと麦酒を買うと、学校の子らが見物する席へと急ぐ。


 天竺殿からは武衛殿と共に見物する席を用意すると言うてもらったが断った。無論、武衛殿や弾正殿には含むところなどない。


 学校の子らと共に見ようと話を先にしておったからの。それだけじゃ。


「こっちでございます!」


 あまりの人の多さに席はいずこかと探しておると、学校の子らがわしを見つけて声を掛けてくれた。吾を恐れることも避けることもない子らじゃ。この子らをみて、吾はこの国の先行きを悟った。


「間に合ったの。そこで鶏を焼いたものを買うてきた。皆で食おうぞ」


「うわ、ありがとうございます!」


 皆で持ち寄った料理を食いながら武芸大会を見る。なんともよいものじゃ。


 奪うのではない。分けあうことを生まれながらに教えられた子らは、尾張の行く末を示すものであろう。


 かつて内匠頭殿はいずこかの地で言うたそうだ。やがて争いがない世となった時に困らぬようにしようと。


 今でも世迷い言をと考える者がおろうな。畿内では。


 されど、この地はもう乱世ではない。


 新たな世はすでに歩みを始めておるのじゃ。


 権威ある寺社や高貴な者らは、いつ気付くのであろうかの?



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