第2279話・第十二回・武芸大会
Side:吉岡直光
賑わう試合場に笑みをこぼしてしもうたかもしれぬ。
昨年で最後のつもりであったのだがな。まさか上様から武芸大会に出るように命じられるとは……。
警護衆から本選に勝ち上がったのは、わしひとりだ。
無論、他の者らも弱くはなかった。上様が皆に武芸大会出場を勧めたこともあるが、自ら出場した者らなのだ。腕に覚えのある者ばかりであった。されど、常日頃から他流試合を繰り返しておる織田の者に勝つのは至難の業だ。
武芸大会の勝ち方を知る者らには敵わなんだだけのこと。
「おお、吉岡殿。警護衆はいかがだ?」
尾張におると、多くの者に声を掛けられる。皆、わしの仕官を喜んでくれてな。仕官祝いの贈り物も山ほど頂いた。
「畏れ多い役目だ。されど、こうして武芸大会に出ることもお許しいただいた」
「それは良かったのう」
尾張者は我が事のように喜んでくれる。警護衆の役目柄、すり寄るような者もおるが、尾張者の多くは違うのだ。幾年も武芸大会に挑んだわしが仕官したことを、心から喜んでくれる者が多い。
そもそも、わしを警護衆に推挙してくれたのは尾張だと聞いておる。織田家にも相応しき者はおるというのに、尾張の後ろ盾を得て警護衆筆頭に任じられた。にもかかわらず斯波や織田のために働けと一度も言われたことがない。
なんとも奇妙なものよ。
「今年も楽しみにしておるぞ!」
「ああ、悔いがないように戦うつもりだ」
上様がこの国を好まれるわけが、わしにはよう分かる。
武芸を重んじつつもむやみに戦をせぬ。皆が守護を信じて励み、憂いを減らして生きていける国など他にはない。
京の都とてかなわぬ国がここにあるのだ。
勝っても負けても遺恨なし。
Side:真柄直隆
賑やかだなぁ。オレの妻と子も喜んで見物している。
尾張が武芸大会を始めて十二年目とか聞いた。諸国では真似るところもあったか。
ある者は斯波と織田に出来るならば己も出来ると、またある者は常日頃から武芸を奨励するにはちょうどいいと。されど、織田ほど上手くやれた者はおらぬ。
民を集めることとて、命じるだけでは集まりは良うない。飯を食わせるなり見返りがなくば、生きるのに精いっぱいの者たちは村から出ぬのだ。
されど、わざわざ武芸を見せてやるというのに飯を食わせる者などおらぬ。ありがたく拝見しろと命じる者はおってもな。
武士ならば集まるところもあるが、身分や立場から本気で挑むなどあり得まい。ましてオレのような余所者、因縁ある他国から来た者を受け入れる度量がある国などない。
少し権威があるところは織田の真似をしたと言われるのを嫌いやらぬしな。左様なこともあって武芸大会を真似ることが出来たところはない。
織田は、この武芸大会で多くを得た。塚原殿との誼がもっとも大きい。あの御仁が、斯波と織田と北畠や上様を繋いだのだとか。三国同盟を成したひとりと尾張では言われておる。
オレもようやく理解しつつあるが、人を従えるというのは難しい。ひとつやふたつの方策を真似たとて上手くいかぬのだからな。
越前は相も変わらずだ。年老いていく宗滴様に未だ守られておるだけ。朝倉家と越前を憂いておられる様子を見るとやり場のない怒りが込み上げてくる。
まあ、オレにはどうにもならぬことだがな。
Side:奥平定国
昨年、愛洲殿に勝ち一番となったが、わしの日々は大きく変わらなんだ。もとより相応に遇されておったからな。祝いを受けることはあったが、試合が終わった日からまた役目と鍛練の日々であった。
愛洲殿と柳生殿との手合わせは、今も敗れることが多い。とはいえ、あの両名と手合わせが出来ること自体、ありがたいことだ。強き者との手合わせこそ己の未熟さを教えてくれるからな。
わしは今、領国を巡り、武芸の指南をする役目を仰せつかっておる。武芸大会のことを話して聞かせ、ひとりでも多くの者が武芸大会に挑めるようにとな。
かつてのわしのように、それなりに名が知れる程度ではあっても武芸に長けた者が領国にはおる。されど、左様な者に限って親兄弟や一族により日の目が当たらぬようにされていることも少なくない。
愚かと思うが、それもまた人というものなのであろう。目下の者が名を上げ立身出世することで、己が立場と地位を奪われると恐れるものだ。
左様な者に声を掛け、武官衆にと推挙することで、働き場がない者らに日の目を当てることは出来た。
いつか、左様な者らがわしを超えてゆくのが楽しみだ。
願わくは、塚原殿のように老いてもなお挑み続ける者として左様な者と共に切磋琢磨したいものだ。
Side:愛洲宗通
武芸大会に挑み続けて幾年になろうか? 初めは北畠の御所様の命で出場した。
今だから言えるが、当初はあまり気乗りしておらなんだ。未熟な己の技を人々に見せること自体、恥と思うておったからな。
ただ、今となってはそれも過ぎ去りし日のこと。
世も変わり陰流も変わった。陰流を学んだ者らが、己が武芸の道を歩んでおるのだ。これほど喜ばしいことはない。亡き父上もさぞ喜んでおられよう。
ああ、亡き父上で思い出した。ここ数年、かつて御所様に追放とされた父上の弟子の幾人かが、許しを請うためにわしの下に現れた。陰流を名乗れず一族の者からも見放され、牢人となった者や武芸を捨てた者もおったようだ。
ある者は子が出来たことで、子に武芸を教えたいと考えたものの、追放され陰流を名乗れぬまま教えることで子に因縁が引き継がれることを懸念したという。
戻りたいとは言わぬが、せめて許してほしいと頭を下げられたのだ。
皆、かつてとは打って変わってみすぼらしい姿になった者たちが哀れに思えて、御所様に願い出て許してやった。
正直、顔も見たくないのは今も変わらぬ。されど、時と共に許していかねばならぬと尾張で学んだのだ。
わしや兄弟弟子らのためではない。武芸大会のため。
勝っても負けても遺恨なし、その掟は守らねばならぬ。まあ、兄弟弟子らのことは武芸大会と関わりがないが、武芸大会に出場するわしがいつまでも遺恨を持つのはよいことではない。
因縁やらなにやらと争い、地獄に舞い戻るなど御免被る。
わしは……、尾張の地で武芸の道を歩み、新しき世を生きたいのだ。
それさえ許されるのならば、あとは些細なことだ。
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