第2278話・武芸大会前日
Side:斯波義信
六角四郎殿が武芸大会見物に来ておる。いろいろと案じたが、少しはよき顔をするようになったの。
いかに思うておるのか話そうと、少し酒でも飲まぬかと誘うた。
「あれからいかがじゃ? 春らに学んでおるとのことだが」
「生きるということは難しきことと学んでおる。聞き及んでおろうが、近江では少し騒ぎがあってな。父上の権勢は高まった。されど、上様や武衛殿など皆々様のおかげだ」
ほう、僅かな間に随分と素直になったものよ。
「春は厳しかろうな」
「教えは厳しいが、理解出来る。理を確と話してくれる故にな。正直、驚いたのは厳しさではない。力を抜くことや遊ぶことも必要だと言われたことか。傅役やら学僧やらに教えを受けたが、初めてであった」
「それが久遠じゃからの。言うたであろう? 久遠は人としての生き方から教えてくれるのだ」
沢彦和尚や太原禅師を以てしても、久遠の教えは敵わぬと言わしめるほど。教えを受けたことを覚えることが知識ならば、久遠は知識を使う知恵を教える。四郎殿とて多くを学んだはずじゃからの。学んだ知識の使い方を教えるは道理であろう。
「若武衛殿なら知っておること故、話してもよかろうが。真継の件は凄まじかった。四季殿が動いたことで上様が動かれ、朝廷も公卿も黙らせてしまった。あの件で、わしは政の難しさと恐ろしさを教えられた」
大人しゅうしておれば見逃したのであろうがな。新しき町に手を出して地下家の者が進言したことを重んじた。
「奉行衆も恐れおののいておったぞ。真継の根回しを受けておった者が多かったようでな。上様は一切罰を与えなんだが、それがまた恐ろしいと噂であった」
奉行衆に罰を与えると、せっかく落ち着いておる天下が乱れるからの。四郎殿は知るまいが、一馬が止めておるのだ。利で転ぶくらいの者のほうが使いやすいと言うてな。
「あまり政ばかり見てもようない。尾張におる間は忘れたほうがよい。春からもそう言われておる。武芸大会見物をして楽しまれるといい」
四郎殿は、ひとつのことを教えるとそればかり考えるのかもしれぬな。畿内など捨て置いてよいと考えるくらいでよいのじゃが。
「されど……」
「一馬とて一日中、政をしておるわけではないぞ。そなたはもう少し己で生きる時をもつべきであろうな」
今ならば分かる。一馬が城から出るようにと皆を外に出そうとしたのが。
此度は少し楽しめるところに連れて行ってやるか。春からも頼まれておるからの。
Side:久遠一馬
島の子供たち、どこに行っても歓迎されると喜んでいる。驚きなのは、一切命令などしていないことだ。
今後のことを心配したのが馬鹿らしくなるほど、迎える尾張のひとたちも喜び歓迎してくれている。
ここ数日、武芸大会の予選会を見物してもらっているけど、そんな子供たちが帰ってきた。
「すごかった!」
「リーファ様よりおっきい人がね、勝ったの!」
ああ、真柄さんの試合を見たらしい。本選常連組の予選は人気なんだよね。真柄さんなんか越前の人なのに尾張ですっかり受け入れられているからなぁ。武芸大会クジの人気は今年も上位だったはず。
まあ、因縁があるのは朝倉家だからな。別におかしなことじゃないけど。
「美味しいものをご馳走になりました」
それと子供たち、結構な人数なんだけどね。喜ばせようとしてご馳走してくれたりする人が多いんだよなぁ。特にウチと関わりが深くない人がいたりして驚かされる。
上皇陛下とか親王時代の帝が御幸された時のように、尾張を挙げての歓迎だ。
国のみんなで一致結束する。これって難しいんだよね。元の世界だと、これほど一致結束してなにかをするということは稀になっていたなぁ。
「そっか。よかったね」
オレが思う以上に、尾張と久遠の垣根ってなくなっているんだなと改めて教えられた。褒美が欲しいとか打算とかそんなレベルじゃないんだ。
ちなみにウチの子と孤児院の子も、全員じゃないけど一緒に行っていた。すでに仲良くなっていて屋敷にいる時なんかは一緒に遊んでいるくらいだ。
明日からは武芸大会だ。町では前夜祭のようにお祭り騒ぎになっていて、その賑わいがここまで聞こえてくる。ウチの屋敷も子供たちとロボ一家が賑やかで負けていないけどね。
「お祭りが無事にやれるのはホッとするね」
「ええ、そうですね」
エルたちもみんなも子供たちに囲まれて楽しそうだ。
今年の武芸大会に関しては近江と伊勢からの見物人が増えていて、大和や熊野など周辺諸国からの見物人も例年より多いらしい。
ちなみに神宮と熊野。斯波家と織田家としては招くことはないが、入国までは拒否していない。拒否する名目がなくて拒否出来ないとも言うが。
自分のお金で来て見物することは自由だ。領内にある縁がある寺社が見物する席を用意したりして世話をしているとのこと。
そもそも熊野三山に関しては、関係が悪化したわけではない。もとから悪化するほど関係が深くなかったというべきか。これ以上、寺社の面倒は見たくないという理由と神宮がウルザたちの面目を潰したこともあって、経済交流などの話は吹き飛んでいるが。
先日には慶寿院さんとも話をしたが、本山クラスの寺社に関しては厄介だという事実が織田家中に広まっているからな。他国の寺社とは最低限の付き合いでいいだろうというのが現在の織田家の主流になる。
神仏と寺社と中の人は別物。これオレが言い出したことだし、少し責任を感じるけど。一番厄介だと思われているのは中の人だ。
俗世の血筋や身分がなければ寺社の中でも立場が上がらないとか、欲にまみれている事実が広まったからな。ただ、内情を広めているのはウチじゃない。寺社の関係者だ。
とりわけ太原雪斎さんとかは、本山クラスの内情を暴露して堂々と批判している。寺社の中でも権威ある人なんだけどね。原理主義ではないものの、もう少し寺社が己を律することをしないと駄目だと説いている。
宗派問わず話していこうとしているし、宗教家としては柔軟な人なんだけどね。
政治に携わることはもう難しいが、それ故に誰も言えないことを言って領内の寺社を戒めることなどしてくれているんだ。
「さあ、今日は武芸大会の前祝いだよ!」
「ご馳走なのでござる!」
「食い倒れるまで食べるのです!」
ああ、夕食の時間か。子供たちはお腹ペコペコらしい。パメラとすずとチェリーが知らせに来ると、みんなで手洗いしに行った。
オレも手を洗いに行こうか。
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