第2276話・武芸大会を前に
Side:久遠一馬
武芸大会を前に信濃と奥羽から妻たちが戻った。
信濃のウルザと奥羽の由衣子は出産間近なため赴任地に残っていて、サポートをする妻たちも来ていないが。
「やはり不作か」
「そうね。今のところは大きな問題はないけど。奥羽の地は尾張ほど豊かな地じゃないから。あの地で米を作るには寒冷地向けの品種を解禁しないと難しいわね」
日本海側は雪があるしなぁ。ただ、もともと貧しい土地なので人口が少ないことが幸いしているらしい。数年にわたる対策と備蓄で飢える者は出さずに済みそうだ。
その分、開発することは苦労をしているが。
奥羽でいえば、日本海航路の主導権は完全にこちらが握った。蝦夷の産物の段階的な値上げをしていることには今も不満が漏れ伝わってくるものの、文句があるならば買わなくていいと言える立場は強い。
昆布や鮭など以前からの産物に加えて、蝦夷で栽培をした
それと奥羽の寺社、最近報告が減ったなと思ったが、大寺院と言えるようなところ以外はほとんど降ったらしい。今も不満たらたららしく、尾張から派遣した僧侶や神職が目付として監視と指導をしている。
また寺社の統廃合も具体的に進めている。まず強訴もどきを起こした寺のうち歴史が浅く、領地や抱える人口が少ないところから始めるそうだ。
地元の有力者がそれぞれに願いや祈りを込めて建てたとか由来はあるらしいのだが、いかんせん数が多すぎる。小さな村に寺がふたつとか三つとかあるところはさすがにね。
まあ、地元や後見していた武士などに配慮をして、公金から俸禄を出さず自分たちで管理して残すなら自由にしていいということにしたらしいが。
祈りの場を残すのはいい。元の世界のように無人で地域で管理するくらいなら行政として負担も大きくないし。
一部の土豪なんかが実情より見栄から残すと言っているようだが、後悔すると思うけどなぁ。
同じ武士でも地域によって違う。争いが多い尾張とかこちらの武士たちは寺社と戦をすることもあるから、駄目なところは潰していいと統廃合したところがある。
実は奥羽以外の織田領では出家する武士が目に見えるほど減っている。領民も出家するより賦役で生きていく道を選ぶ人が増えているんだ。そんな状況でさらに還俗する者が増えているのが現状になる。一部の寺社では今後どうするんだと議論がされている。
武家に関しては信仰心の有無以前に、人手不足から出家が減っているんだ。
文官・武官・警備兵・火消し隊。大まかに分けてもそれだけ配属先がある。家督争いや一族の序列を争わなくても自分で家を興して残せるとなると、無理に出家させる人は減るわけで。
年配者も相談役とかで引く手数多だ。特に人脈があり地域に顔が利く人とかは。
言い方が適切か分からないが、その気がないのに食べて行くために出家した人が減ったことで寺社のモラルは良くなった。その結果、地域の信頼を集め、上手くいっているところは普通にある。
尾張でも戒律は厳守しろ、一切の欲を捨てろと言う人は多くないしね。薬食いとして肉を食べて酒も飲むくらいなら許容されている。これはウチの影響がある。
仏の弾正忠と称される信秀さんは酒を飲むし肉も食べる。また久遠料理と言われるものには肉を使うしね。ケティたちがいろいろな食材を食べることを勧めていることもある。
尾張では、慈悲や慈愛、思いやりがある寺社の人が尊敬されるんだ。
少し話が逸れたが、時代の流れに上手く乗っている人は寺社にも多い。奥羽は変化が乏しかっただけに動きが鈍いけど。
実害がないなら、それでも構わないけどね。
Side:六角義弼
慶寿院様の供として尾張に参った。正直、廃嫡にされ、次に来るときは仏門の身としてかと思うたのじゃがの。
近江では父上の権威が高まった。祖父に引けを取らぬと評判だ。二代続けて管領代として天下を治めていることで、本来の管領である細川京兆の名と権威は落ちたとさえ聞かれる。
もっとも、そんな父上の権威でさえ、上様と三国同盟があってこそ。とりわけ……久遠の助けが大きな力となっていような。
「よしよし、いい子だね~」
警備犬の相手をしておる曙殿の姿は、そこらの娘と変わらぬようにしか見えぬ。近江では西の抑えとして、この者がいれば叡山でさえ恐れて兵を挙げられぬと言われるというのに。
厄介なものよな。地位があろうと名が上がろうと面倒事は減らぬ。
わしはなにも知らなんだ。いずれの者も勝手ばかりするのだということすらな。
朝廷でさえ、こちらの人と銭で朝廷と京の都を豊かにしろと言うておるとか。対価は官位か? 武衛殿が今以上の官位は不要と断って以来、織田が求めなくなったことでその価値が揺らいでおるというのに。
尾張は違うからな。いろいろと新しい形に変えねばならぬが、皆に利を分け与える。近江はまだよいが、畿内に行くと銭の価値すら定まらず尾張物や久遠物の偽物が今も多いとか。
近江だと尾張物と久遠物の偽物を売る輩はおらぬ。いずこから聞きつけるのか、尾張から止めるようにと書状が届き、無視すると商いから外されてしまうという。
以前は不満もあったようだがな。
偽物が減ったことにより、前より商いが盛んになっておる。寺社や商人の利も前より増えたこともあり、今では逆らう者はおらぬとか。
近江でさえも織田の力が及ぶ地なのだ。同盟と言えるのか? わしには分からぬが。従属しておるようなものではあるまいか?
「四郎殿、いかがされました?」
「いや、なにも……」
つらつらと思案しておると夜月殿に声を掛けられた。わしが悩むと四季殿の誰かが声をかけてくれる。だが、今は悩んでおるわけではない。
ただ、わしは朝廷などのために尾張と争う立場にはなりとうないなと思うただけ。
「あんまり考え過ぎても駄目よ。なんとかなるから」
「うん、そう思う。ひとりではなにも出来ないよ。みんなで助け合うから生きていける」
夕暮れ殿と
四人で信じ合えることで上手くやれておるのであろうな。
「まことに深く考えておるわけではございませぬ。ただ、父上は難儀をされておるであろうなと……」
「うふふ、管領代殿なら懸念はないわよ。管領代殿がいるから世が乱れないと言っても過言ではないもの。それに無理をさせるつもりはないわ」
曙殿……。
織田は決して味方を見捨てぬという。噓かまことか、敵に捕らえられた素破ですら助け出したこともあるとか。
「今回は武芸大会を楽しみなさい。四郎殿に負担がないようにするから。若いうちは学ぶばかりでは駄目よ。遊ぶくらいでちょうどいい」
恐ろしき御方だが、人が従う理由も分かる。
公の場や政以外は、むしろ今までより楽な時もある。曙殿らが言うと誰も異を唱えぬからな。気を抜くことまで教えられるとは思わなんだが。
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