第2273話・待っていた者たち
Side:久遠一馬
初めて清洲城を見た島の子供たちは、驚き見上げている。
白い五層天守は、ここ清洲にしかない。美しさもありつつ堅固な城としての姿は、恵比寿船と共に尾張では人気の観光地だ。
高い建物を建てる技は日ノ本にもある。清洲の天守を真似て見せる城を造ったところもあると聞くが、それでもこれを超えたという話は聞かない。
ちなみに清洲城には時計塔もあるが、天守よりは高くならないように設計してある。
「うわぁ……」
「大きい、お城だ……」
子供たちが驚くのは無理もない。島には日本式の天守とかないし、そこまで高い建物はないんだ。メインの屋敷でさえ二階建てだし。
寺社もないし、権威とか示す必要もないから高層建築とかあんまり要らないんだよね。
大手門で待っていたのは義信君だった。
「よう来たな。さあ、中を案内しよう」
「はい! お世話になります!」
子供たちが挨拶をすると、周囲にいる領民から歓迎する声があがる。実は島の子供たちを出迎えようと、清洲の町衆が沿道で待ち構えていて声を掛けてくれているんだ。
武芸大会も近いこともあり他国から来ている人とか多いんだけどね。そんな中でもウチの島の子供たちの扱いは別格だ。
実のところ親王殿下とか上皇陛下ならば領民が沿道でお出迎えしたこともあるが、あとは公卿だろうがここまでしたことはないからね。オレも驚いたくらいだ。
ほんと学校の子供たちの旅行ってより外国の使節団のような扱いだ。
「人がたくさん」
「みんな偉いお方?」
清洲城内は武士や僧侶、神職など男も女も大勢働いている。さらに天守と時計塔見物のコースには、清洲城見物に来た領民が並んでいる。
ウチの子たちはそんな人たちを見ながら楽しげに歩いている。ウチだけ特別扱いしてもらって優先的に進むのが少し申し訳ないね。
まあ、予約客みたいなものだけど。
「そちらの者らは民だな。城を見物にきたのだ。あっちは城で勤めておる者らだ。そなたらの領主殿より偉い者はおらんから楽に致していいぞ」
なんかあれだね。義信君、案内が上手い。そういや六角義弼君のことも案内していたんだよね。程よい態度で相手に合わせた会話が普通に出来ているの凄くないか?
「わかぶえいさまは、えらいんだよね。しってるよ」
ああ、小さい子が楽しげに声を掛けちゃった。形式から外れた時の礼儀作法が完璧じゃないなぁ。元の世界でいえば未就学児くらいだからだろう。
「おお、わしを知ってくれておるとは嬉しいの。じゃが、わしはまだ家督を継いでおらぬからの。気にせずともよいぞ」
年長さん、元服手前くらいの子が少し慌てたけど、義信君は笑っていて幼い子たちと話が盛り上がる。
「わしは領主殿やアーシャ殿から多くを教わっての。先生だったのだ。師は粗末には出来ぬからの」
学校の話題で盛り上がる中、天守までたどり着いた。通常は近くから見るだけになるが、子供たちは中に入れるらしい。オレも詳しいこと聞いていないんだよね。子供たちには城を見せてくれるって話は聞いていたけど。
「うわぁ、遠くまで見える!」
「ほんとだ……」
天守の最上階からの眺めは格別だ。子供たちも目を輝かせて喜んでいる。広い濃尾平野が見えるからね。
この光景はきっといい思い出になるだろう。
Side:織田信秀
皆があれこれと頭を悩ませ、久遠島から来ておる子らを喜ばせようとしておる。未だかつて、かようなことがあったであろうか?
体裁や権威など考えず、ただ訪れた者を喜ばせようとするなど初めてかもしれぬ。
「家中のみならず領内の者は、内匠頭殿と奥方衆に、誰しも一度はなにかしらの世話になってございます。されど恩を返す機会など滅多になく……」
佐久間大学の言葉がすべてかもしれぬ。一馬らは恩を与えたと思わず助けを受けたとすら思うていよう。されど、皆は恩を受けたと思うておる。
特に一馬は人を変えることを望みつつ、どこかで変えたことに負い目を感じておるからな。そこはわしにもよう分からぬところだ。
誰も貧しく争う日々になど戻りたくない。懐かしむ者はおるが、それは過ぎ去りし日を懐かしむのであってまことに戻りたいと思うのは別の話だ。
「子らを歓迎すれば、一馬は喜ぶからな」
「はっ、それに先に尾張の子が久遠島にて大層な歓迎を受けてございます。こちらはそれ以上で返さねばと皆で張り切っておりますれば」
「それでよい。好きにやらせろ」
憎しみ、疑心ばかりの日々から思うと夢のようだ。
朝廷の真似事をしても寺社の教えを受けても、争いの日々からは抜け出せまい。名のある高僧すら忘れておる慈悲の心が領内の民にまで広まりつつある。
わしは、この流れを見守るだけでよいはずだ。
「いかになるのやら。楽しみでございますな」
確かにそうだな。久遠の民に見せてやりたい。日ノ本も変わったぞと。久遠と共に歩むのに相応しき国になりつつあるぞとな。
Side:清洲城の料理人
今朝、絞ったばかりの油が届いた。わずかに舐めてみると、その味に思わず笑みがこぼれる。
久遠島から来ておる子らに美味いものを食わせてやりたくて、わしなりに頭を悩ませたのだ。
わしは大智殿や食師殿からは多くを学んだからな。久遠の民の子たちに、久遠島では貴重だという米や肉を使う料理を腹いっぱい食わせてやりたい。
「おお、これは美味そうなきのこばかりだな」
それと久遠島にはない、きのこも多く手に入ったな。これは汁物にするか。よい味が出るのだ。
料理番の者らも、今までにないほどよき顔をしておる。
我らは大した身分でもなければ、秘する技を持つ料理番ではない。にもかかわらず、なにかあれば腹を切らねばならぬほど畏れ多い方々に幾度も料理をお出しした。
幸いなことに命を以て償うほどの失態を演じることはなく、今に至る。すべては久遠家の方々が我らを教え導いてくだされたからだ。
家伝たる料理の技を惜しげもなく授けてくだされ、失態を演じぬようにと助けていただいたことは幾度もある。受けた恩は末代まで懸けて返さねばならぬほど。
久遠家の本領からの子たちに教えを受けた技で料理を出すことで、僅かなりとも恩を返したい。
ふふふ、子らが好きな料理と味も学んでおるぞ。
久遠家の慣わしである紅茶と菓子も用意してある。もうじき休息になるはずだ。まずは紅茶と菓子でもてなそうぞ。
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