第2272話・夜の空を見上げて
Side:久遠一馬
信長さんが案内してくれた子供たちは、楽しかったと笑顔で帰ってきた。信長さん、子供たちの相手が上手いからなぁ。
夕食はエルたちが作ってくれたご馳走だった。みんな楽しそうで、本当、小学校とかの修学旅行を思い出した。
子供たちにとって、尾張はどう見えるんだろうか? 島の年配者は日ノ本が怖いところだという意識があり、子供たちは複雑な様子だと聞いている。
もう少し親近感持つかなと思ったんだけど、ウチの領地の人たちからすると噓偽りない外国なんだよね。現状だと。
斯波家と織田家、尾張に対する印象は悪くないとは聞いている。ただ、それでも無条件で頭を下げて従い、生殺与奪する権利のすべてを差し出すのは望まないだろう。
そういう意味では、対等な同盟者として島を訪問した義統さんや信秀さんは正しかったと言える。
合議制のような形にしてまとめ役くらいでいい。一言で言えば、そう考えたオレが甘かったんだろうね。エルたちは当初から、一定の力を維持したままオレたちが表舞台から身を引くことを想定して動いていた。
すっかり夜の風は冷たくなった。
島の子供たちはすでに休んでいる。日が暮れてからもしばらくオレたちと一緒に話をして時を過ごしたが、日暮れと共に休むのが島でも当然だからね。今日は夜更かしをしたくらいだ。
「やはり顔を合わせて交流することは必要よ。今の世は各地の守護が顔を合わせることはなくなったけど、かつては京の都で顔を合わせて政をしていたわ」
一気に静かになった部屋で妻たちと少し余韻に浸っていると、ナザニンがそんなことを口にした。
「そうかもしれない。ただ、巻き込むことになるよ。極論を言えば島の者には日ノ本が荒れようが滅ぼうがあまり関わりのないことだ」
ルフィーナが珍しくナザニンの言葉に疑問を投げかけた。いや、必要がないと黙っているんだよね。彼女は。
「政に誰もが納得する道なんてないわよ。少なくとも日ノ本とは共存していかないと。敵は外にまだまだたくさんいるわ」
ルフィーナはその言葉に再び無言となった。お清ちゃんと千代女さんがいるからか、ふたりとも言葉を選んでいるな。
結局のところ世界規模で考えると、今のままではいずれ大きな勢力に飲み込まれる可能性が高くなる。人の数が足りなすぎるんだ。古くから大陸に生きる者たちを相手にするには。
ルフィーナの言葉、実はオレにも響くものがある。実のところ、日ノ本に思い入れがあるのはオレだけなんだよね。極論を言うと。
十年以上の月日が過ぎて、人と変わらぬ日々を生きているせいか忘れそうになるが、彼女たちアンドロイドは元の世界の日本で生きたわけではない。
ギャラクシー・オブ・プラネットの世界が生まれ故郷であり、オレが日本で生きていたことで多少なりとも親近感などはあると思うが、突き詰めるとそれ以上のものはない。
「今はこのままやってみよう。守護様も大殿もオレたちばかりか、こちらの領民のことも考えてくださっている」
実は日ノ本と争う道、残っているんだよね。資清さんたちはそれもあり得ると覚悟を決めて日々生きている。
資清さんと望月さんは、いつの日か久遠家が斯波家や織田家と戦になるのではと考えている節もある。いや、そうなった時に日ノ本の久遠家が本領の妨げにならないようにと考えているというべきか。
義統さんや信秀さんはそんな日が来ないようにと動いてくれているが……。
オレも覚悟はしている。一旦、争いとなったら朝廷であれ、斯波家であれ織田家であれ、戦わないと駄目だということを。
願わくは、そんな日が来ないことを祈っているが。
とはいえ、オレも妻たちや子供たち、領民を日ノ本の犠牲にする気はない。今の朝廷や畿内のようにウチの技術と知識と利益を奪おうとするならば……。
Side:帰蝶
夜も更けましたが、殿はなにかを考えるように空を見上げております。
「やはり、今のままというわけにいかぬな」
その言葉に共にいる側室たちの表情が少し強張りました。殿がなにを考えているのか察することが出来ていないのでしょう。余計な懸念は残したくありません。私が殿に言葉を促さねばなりませんね。
私が殿に輿入れした頃に比べると、ご自身のお考えを理解出来るように皆に話すようになりましたが、さすがにこの場ではそこまで気が回らない様子。
「西はそれほど厄介でございますか?」
「ああ、奴らは必ず久遠からすべてを奪おうとする」
今日は久遠島から子供たちが来たはず。御自ら案内すると楽しみにしておりましたから。帰ってからもご機嫌だったことで子供たちとなにかあったわけではない。とすると、やはりあの子たちの先々を案じていたのですね。
美濃にいる父上も似たようなことを言っておりました。内匠頭殿は争いを避けようとする。それは正しいことでございましょうが、先々に憂いを残すだけにならねばよいと。
守護様も大殿も朝廷を奉じることを重んじております。ただ、それでいいのかとも言うておりましたね。
「若武衛様と殿、内匠頭殿が健在なうちに決着は付けねばなりませんね」
「ああ、そのつもりだ」
この国は今、皆が案じております。十年の月日をかけて築いたものが、夢幻の如く消え失せるのではと。
一時の栄華を誇った者が消える。それもまた世の常。そう理解しても……。
遥か昔、朝廷は征夷大将軍を遣わして東の地を平定した。上様が征夷大将軍となっているのはその名残りだとか。
久遠という光明は、西に敗れた東国を照らすことになるのかもしれない。誰かがそういう言うていました。
内匠頭殿は望まぬと思いますが。
「日ノ本を捨てることになっても、オレは……オレだけは久遠を守らねばならぬのだ」
殿のお覚悟は年月を過ぎても変わらない。いえ、むしろより確かなものとなっておりますね。斯波家と織田家のことを考えるのではない。久遠を第一と考えつつあるほどに。
少し危ういと思います。エル殿もそこに気付き案じておりますから。
ただ、殿には見えるのかもしれません。久遠と共に生きる東国の姿が……。
「誰のための世なのか。誰のための政なのか、難しゅうございますね」
殿はなにもお答えにならず、再び、空を見上げております。
なにものにも囚われず考えることこそ、久遠の知恵の真髄。故に考えるのでしょう。明日がより良き日となるように。
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