第2271話・武芸大会を前に

Side:リーファ


 速鰐船はいいね。


 本領と尾張を三日ほどで移動出来る。速度が速い分、揺れはあるけど。それでも速さってのは魅力だね。


「島が見えた!」


「島? 陸地だよ!」


 今日は波もさほど荒れていないので子供たちが甲板に出て海を眺めていたが、突如騒ぎ出した。紀伊半島が見えたみたいだ。


 今回乗っているのは島の子供たちだ。那古野の学校の子たちに続き、今度は島の子供たちが尾張を見物することになってね。


 決して大きくはない島だ。島の子供たちのほとんどが泳げるし、小さい頃から船に乗り慣れている。誰かが強制したとは聞いていないが、必然的に海と共に生きる形になったのだとか。


 領主と領民、当初、司令は自分が領主となることを望んでいなかった。惣村のように合議制の島にしたい。そんな意向があったくらいだからね。ただ、合議制にするには規模が大きすぎた。


 元の世界でいう太平洋沿岸にはウチの入植地が各地にあり、将来的な領有化を見越した動きを続けている。


 結局のところ、為政者、統治者というべきかね。それが安定することこそ平和の第一歩だからね。司令もまたこの十年で領主という立場を受け入れ、それに相応しい男になった。


 人と国が変わる様を船から見ていられたことは幸せだったと思う。


「リーファ様! 陸地が見えました!!」


 子供たちが嬉しそうに知らせに来たので、自分も甲板に出て一緒に眺める。


 島では日ノ本は怖いところだと年寄りを中心に教えていた。つじつま合わせの記憶操作と、島に来る前の悲惨な体験が潜在意識として残っているからだと誰かが言っていたね。


 放っておけば死んでしまう者たちを助け領民にした影響だろう。


 ただ、それでも織田家のみんなが来るようになり意識は徐々に変わっている。あの島で生きていくには日ノ本の国と人と関わる必要がある。それだけは今も変わらないからね。みんな理解していることさ。


「尾張は楽しみだねぇ。思う存分、楽しんでおいで」


「はい!」


 人と共に生きる。悪くないねぇ。海と共に生きるのと同じくらい。


 自分は今も日ノ本が故郷と思えるほどにはなっておらず、あの島が故郷と思えるようになっている。尾張も好きだけどね。落ち着いて暮らすなら島がいい。


 それもまたいいのではと思う。


 もっとも、自分は動けるうちは船から下りる気はないから、まだまだ海に出るけどね。




Side:久遠一馬


 武芸大会を前に、ウチの屋敷に久遠諸島の子供たちが到着した。


 那古野の学校の子たちを久遠諸島に連れて行ったあと、島にいる妻たちから頼まれたんだよね。島の子供たちに尾張を見せたいと。


 いつ頃がいいかなと尾張にいる妻たちと資清さんたちで相談したが、やはり武芸大会が一番だろうということで、この時期に来るように手配した。


「皆、よう来たな!」


「はい! お世話になります!!」


 後で挨拶に出向く予定だったけど、その前に信長さんのほうから吉法師君を連れて来てしまった。


 子供たちは慌てていない。きちんと日ノ本の流儀で深々と頭を下げて挨拶をした。


 滞在期間は、義統さん主催の宴など、いろいろと予定も入っている。あまり大袈裟にしなくていいと伝えてあったんだけどね、最終的に今までの花火大会や武芸大会の招待客と同程度の扱いをすることになった。


 法律上、ウチの島は完全な治外法権だからね。織田家でもそういう扱いになっているので、当然ながら島から団体客が来たら諸外国からの来賓としてもてなすことになる。


 なるべく仰々しい先例は増やしたくないんだけどね。久遠諸島でも那古野の学校の子供たちを歓迎したし、同じような規模は必要なことだ。


「疲れておる者もおらぬようだな。さっそく町でも案内するか」


 信長さん、子供たちを案内するために仕事を空けてくれたんだよね。ここしばらくは忙しく働いていたのに。


「わーい!」


「たくさん歓迎してくれたの!」


 挨拶が終わると子供たちは賑やかとなる。


 武芸大会が近いこともあって、尾張はお祭り準備期間として賑わっている。そこに島から子供たちが尾張見物に来るというので、歓迎するべく待っていた人が大勢いるんだ。


 蟹江の町でも歓迎してもらい、ここに来る途中もたくさんの領民に声を掛けられたらしい。


「ハハハ、そうであろう。皆、そなたたちが来るのを心待ちにしておったのだ。尾張はかずらに多くを教わり、今日こんにちがある故にな」


 信長さん、楽しそうだなぁ。昔と違って仕事中は他者に配慮をして喜怒哀楽をあまり出さないようになったが、これが本来の信長さんなんだよね。


 今の為政者としての信長さんは、エルたちに指導を受けた結果だからなぁ。


 根が真面目ということもある。エルたちが指南したことをそのままきちんと学んで習得した。史実では相応に落ち着いて、身分相応の振る舞いをしていたと記録にあるくらいだ。


 もともと環境とか立場への適応力はあったんだろうね。


「かずがこの十年でなにを成したのか。本領のそなたたちに見せてやろうと皆が待っておるぞ」


 信長さん……。まだ、オレたちを家臣としたことを気にしているんだろうか?


 今でも信長さんに負い目のようなものがあるのは察している。帰蝶さんがエルに言っていたらしい。家臣とするべきではなかったと後悔していると。


 無論、信長さんもあの時はあれがベストだったと理解はしているはずだ。オレたちも今以上にいろいろと隠していたし、商人を名乗っていたからね。


 実のところ、信長さんの後悔は尾張と久遠諸島の価値観の違いでもある。


 信長さんの態度からも分かることだが、織田家や尾張の人たちは、命を懸けてウチの領土を守る覚悟を決めている人が多い。一方、久遠諸島のみんなは日ノ本と共存することは考えても、命を懸けて尾張を守ろうとは考えていない。


 これは危機感の違いなど、いろいろな理由があるだろう。そもそも本領には差し迫った脅威がない。むしろ脅威は日ノ本だと考える人がいるくらいだ。


 それもまた事実であることだが、織田領の人たちの多くが朝廷や京の都よりもウチと共に生きることを望んでいることを、島のみんなはあまり理解していない。


 ナザニンからも言われているんだよなぁ。尾張と久遠家は、もっとウチの人材が尾張に来る形で交流がいると。オレたちの次の世代のためにも。


 今回の子供たちの尾張訪問もそれが少し関係している。オレたちが留守にすることで子供たちの一部が悲しんでいると知った時には驚いたほどだ。


 創られた故郷だったはずの島が、自分の足で立って育ち始めた。そんな心境かもしれない。


 まあ、子供たちには難しいことは考えず、ただ、今を楽しんでほしいし、そのつもりだけど。


 たくさん思い出を作ってほしい。


 それがきっと、明日を変えるきっかけとなるはずだから。



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