第2267話・秋のこと
Side:アルテイア
由衣子が産休に入ったこともあって、私と数人のアンドロイドが奥羽の地に応援として来ている。
由衣子自身はマイペースなまま普段通りで心配することはないんだけど、奥羽の地は冷害や洪水などで米の不作となってしまった。
ただ、数年かけて備蓄したり蝦夷から運んだりした穀物もあって、領内は慌てていないわ。
「うーん、今日はどうしようかしら」
毎日の食事のメニューに悩むのよねぇ。食事くらいは美味しく食べないとストレスも溜まる。特に少し前から料理に稗を使っているから、それを考慮しつつメニューを考える必要がある。
ただし、粗食とか我慢をする気はない。むしろしてはいけない。私たちに余裕がないと思われると、せっかく安定している奥羽領が揺れることになりかねない。
とはいえ、不作になっているのも事実。救荒作物である稗を美味しく食べることで、人々の模範となることもまた悪いことじゃないのよねぇ。
揚げ物にでもしましょうか。コロッケなんかいいわね。城のみんなの分を作るにはちょうどいいわ。
そうと決まれば、侍女や料理番の者たちと共に調理開始よ。
「稗を使う揚げ物でございますか。なんとも奇妙な取り合わせでございますなぁ」
温かいうちだとそこまで不味いわけでもないけど、美味しいと喜ぶものでもない。救荒作物ということで、貧しい者が生きるために食べるというイメージがこの時代でもある。
そんな食材を市販していない食用油で揚げる。簡単に言うと、安物の食材で高級料理を作るようなものなのよね。この時代の感覚では。
「結構、美味しいわよ。それに、この稗は体にもいいのよねぇ。稗を食べてみんなで病に罹らないようにしましょう」
「はっ、畏まりましてございます」
薬食い。この時代でもあるこの習慣は便利なのよねぇ。ケティはそれを最大限利用したわ。病を防ぎ長生きするには常日頃からの食事が大切と説き、肉や卵、いろいろな食材を食べることを織田領に広めている。
本来、獣肉などに使っていた言葉だけど、織田領では幅広い食材に対して薬食いとして食べると言われるようになりつつある。
油は数日前に使った残りがある。味付けは少し濃い目ね。ウスターソースが高級品だから下味を少ししっかりつけておくといい。
汁物は魚介が結構届いていたわね。中華風にしようかしら。
うん、それがいいわね!
Side:シンシア
八風街道と千種街道での賊の掃討、それと真継の一件が南伊勢にも影響を及ぼした。
管領代を務める六角の覚悟と天下に対する上様の意思。これが確かに見えたことが大きいわ。
六角は自家で改革を進めつつも近江内の諸勢力には配慮をし、従来の体制のままでもある程度の利益を分配してきた。
ところが今回、今までは当たり前だった従う体裁であれば寺社という看板で敵味方問わず利を得ていた行動を、六角は認めなかった。
特に流通における優遇から該当する寺社と村を排除したのは、大きな衝撃だったのよね。
北畠では宮川氾濫の折に、従わない村や寺社を突き放したことで崩壊にまで追い込んでいるけど。同じことを管領代として足利政権を支える六角もやったという事実は重い。
織田は領内はともかく、六角と北畠以外に変われと言うことなんてない。諸国では、東国で勝手なことをしているだけだと見ている者が多い。
ただ六角は織田とは立場が違う。そもそも足利政権の本来の基盤は畿内であり、管領や管領代は足利政権の役職になる。
若狭管領の代わりに畿内を束ねるはずの六角が、畿内を束ねる気も畿内に追従する気もなく、尾張と共に新しい道を模索する。その覚悟を内外に示した影響は決して小さくない。
特に南伊勢では、北畠が畿内と袂を分かつように新しい統治を始めているだけに、六角も同じ道を進むと示したことを重く見ている。
また、そのことが広まるかどうかという絶妙なタイミングで、上様は六角の行動を問題視せずに真継を謀叛人として処刑してしまった。
もともと上様が三国同盟寄りの立場を示していたのは周知の事実よ。ただ、朝廷や政所の伊勢が黙認していた真継を処罰したことで、旧来の権威政治を踏襲するつもりはなく近江以東に軽々しく手を出すなら許さないと示した。
朝廷の権威を以て将軍として世を治める。従来の足利政権と違うことを本格的に始めるのろしとなった気がするわ。
無論、京の都や畿内の諸勢力は、そこまで気付いていない者が大半でしょう。権威至上主義体制である畿内では、真継は所詮成り上がり者としか見ない。朝廷の権威や公家が傷ついたとは考えないことで現実から目を背けている。
「上様の御決断は東国の変革を加速させるかもしれないわね」
近江の動きの影響は北畠家にとって大きい。六角が織田と共に変わると明確に示し、上様もそれをお認めになられた。ならば自分たちも早く織田に追いつかなくてはと考え始めたのよね。
上層部は随分前から分かっていたことだけど、国人土豪、末端の寺社にまで六角の覚悟が伝わったことで三国同盟の体制は当分変わらないと誰もが思った。
戦場で一番槍を求めるように、生き残るには我先にと変わらないといけない。南伊勢にそんな空気が広まりつつあるのは嬉しい誤算ね。
天下を、畿内を目指さずとも強く豊かになれる。上様と共にかつて南朝の大将軍であった北畠家は変わるんだという確かな希望。
それはこの時代において、なによりも大きな原動力となる。
「ミョル、やよい、カリナ。気合入れていくわよ。本気で変わり始めた武士は凄いんだから。私たちが振り回されることだけはあってはならないわ」
下から改革の突き上げがあるのも時間の問題ね。北畠家が完全俸禄体制に移行するためのロードマップの雛型を私たちで用意しておかないと。
司令は慎重な性格なのもあって、改革の速度をあまり速めるのを好まない。だけど北畠家が変わる速度は止めるわけにはいかないわ。
「末端が動くと、また神宮が騒ぐよ」
「放っておいていいわよ。神宮の対処は尾張に任せる。久遠家は残念ながら神宮とは縁を切れたから会うこともないし」
万能型でもあるカリナはバランス感覚に優れているからか、南伊勢最大の懸念が気になるみたいだけど、ほんとどうしようもないのよね。
みんなに盛り立ててほしい。上に立っていたい。それは当然のことだし構わないと思う。ただ、朝廷との関係が落ち着かないと神宮の立ち位置は定まらないのよね。
本来なら朝廷と尾張を仲介してくれるとよかったのだけど、困ったことに双方からそこまで信頼されていない。
諸国から届く税と残された神宮領、それと尾張からの寄進で体裁の維持に困ることはない。権威は落ちていくけど、これはもう朝廷という組織が東国にとって懸念となっている以上、朝廷の立場となって敵対するのではという疑念が消えることはないわ。
朝廷が自ら変わらないうちは、朝廷の祖を祀る神宮は勝手に変えられないという事情もある。
世の中が定まるまで大人しく引きこもっているべきでしょうね。
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