第2266話・秋の休日

Side:久遠一馬


 すっかり秋の空だなぁ。早くも、夏の日が懐かしく感じる。


 今日は休日だ。妻たちと子供たち、ロボ一家と一緒に少し屋敷を出て散歩をする。


 屋敷は、那古野城の三の丸になる場所にある。那古野城は今も信長さんの居城だけど、行政機能は清洲に集約したので、それほど人の出入りがあるわけではない。


 二の丸や三の丸には、平手家、滝川家と望月家などの屋敷がある。お祝い事などがない普通の日は、そこまで屋敷の周りが人で賑わうほどでもない。静かな屋敷町といった感じか。


 もっとも、城を囲むようにも町が広がっているので、少し歩けば賑やかなところに出る。


 治安はいいだろう。町には警備兵の奉行所が大小合わせていくつかあり、町を出入りする街道には警備兵の見張りもいる。町の中には火避け地となる公園がいくつかあって、家の近くの子たちが公園に集まって遊ぶ姿も見られる。


 商家には蔵や煉瓦の倉庫もちらほらとあり、川には石とコンクリートを用いた橋脚がある。そんな景色を見ていると、戦国時代に見えなくなりつつある。


「那古野神社でも行ってみようか?」


「うん!」


「いく!」


 大通りに出ると、道の左端をみんなで歩く。


 尾張だと交通ルールもあるんだ。元の世界の日本と同じように左側通行を基本として、徒歩の人は端の方を歩き、馬車、駕籠、馬、大八車などが中央を通る。


 車線が複数取れるところはもっと細かく分けているし、鉄道馬車の線路がある場所は中央も線路がある。


 さらに乗り物ごとにどうやって譲るか、そういうことも最初に決めた。乗り物によって移動速度が違うし、身分によって道を譲る必要がある時もあるからね。


 身分に関わらず先を急ぐ人を先に行かせる形も決めた。医師、警備兵、火消し隊などは必要に応じて先を急ぐことを認めたし、伝馬にて報告をする人も先に行くことを認めてある。


 また、事故や大八車の故障などで道を塞いでいても、身分ある人は怒らないようにという決まり事なんかもあるね。


 ちなみに史実の江戸時代のように、長々と大名行列のように移動する人は織田家中にはいない。あれもほとんどの大名家では、領国の本拠地を出る時と江戸の町に入る時に臨時の人を集めてやっていただけだったらしいが。


 もともとこの時代では、守護でさえ行列として決まった形で移動する習慣がなかったし、義統さんもあんまり仰々しい外出を好まなかったから、織田家では身分のある人も最小限の護衛と家臣で形式を気にして威張ることなく移動している。


 大名行列、時代劇とか見ていると嫌いじゃなかったけど、実際に見栄の張り合いをするとなるとお金が掛かるんだよね。


 信秀さんはいつからか仏の弾正忠様なんて呼ばれたこともあって、権威を示すようなことをやる意味がなかったし。信長さんは派手好きだけど堅苦しい形を求めない。結局のところ、織田家は守護代の下で割と勝手気ままにやっていたまま今に至るんだ。


 あとは義統さんが求めたら斯波家は権威を示す必要があったんだけど……。求められないまま権威が上がっちゃったんだよね。


 移動は馬か馬車だし、普通に町の人に声を掛けられて答える人だからさ。


 義統さんと信秀さんがやらないと誰もやれないんだよね。わざわざ派手な移動をしたい人、今のところいないし。


 交通ルールは争いになると困るから織田家中で話し合い、結構細かく決めたけど、基本は譲り合いの精神で心を広く持ちましょうという感じだ。上から下まで、寺社も含めてさ。


「あらあら、賑わっているわねぇ」


「メル、まーま! あっちいこ!」


 のんびりと歩いて那古野神社に到着した。敷地内では露天市が開かれているな。メルティが人一倍元気な大武丸や輝たちに連れられて中に入っていく。


 交通ルールと同じく、露天市に関しても織田領では独自の形になっている。領国各地の市だが、今では寺社以外、公園とか公民館、城でもやっているんだ。


 市で商いする商人も基本は領内の者か、当地の代官や代官から市の管理を委任されている寺社が認めた商人でないと商いは出来ない。


 そこまで口煩く統制しているわけではないが、斯波家や織田家が絶縁している商人や、商い禁止処分にしている商人、敵対国である安房の商人なんかは領内での商いを認めていない。


 どこの誰が商いをしたか、きちんと記録を残して管理しているし、偽物とか粗悪品を売る商人は商いを禁じることもしている。


 あと那古野神社の露天市なんかだと、二日に一度くらいはやっている。鮮魚とか野菜とかはそこまで日持ちしないしね。人が多いから月数回だと足りないんだ。


 まあ、季節とか天候によって規模も違うけどね。


「クーン」


 美味しそうな焼き鳥の匂いがするところでロボ一家が止まる。食べたいらしい。


 塩を振らない鶏肉を焼いてもらい、しばし待つ。


 尾張と近隣の領国だと、鶏肉の売買は普通に見られるようになったなぁ。あとイノブタと豚の飼育もしているところが増えたことで、それらの肉も少し出回っている。


 飼育が簡単な鶏ほどは普及していないけどね。各地の牧場で飼育している家畜の中にイノブタと豚があるので、多少は流通しているんだ。


 肉食の禁忌とか、武士と庶民はほとんど聞かなくなったからなぁ。ケティたちが長生きは食からだと肉食も生きるために必要だと勧めていた成果だろう。あと久遠料理には肉を使うと広まったこともある。


 ウチが食べていたものは大丈夫だという判断をする人が多い。


 肉食を戒律として禁じている寺社の影響力が落ちたこともあるしね。そもそも絶対に肉を食えとか強制していないし。当然だけど。


 実は、当の寺社でさえ戒律なんてあってないようなものだから、薬食いだといい肉を食べる人もいるくらいだ。尾張だと寺社も変わるのが当然だとなりつつあるからさ。


 寺社の関係者も変わりゆく世の中でどうやって神仏の教えを守り伝えるか、模索が続いている。


 あまり厳しい原理主義的な仏教にはしないように、それとなくウチで助言して止めているけど。ただ、堕落した寺社には厳しくなりがちだ。


 そこまで多くを求めてないけどね。祈ることすら疎かにする寺も多いんだ。


 おっと、焼き鳥が焼けたみたいだ。ロボ一家には串から外してやって食べさせてやろう。


「ワン!」


「ワンワン」


 待ちきれない様子だな。ふふふ、そんなに尻尾を振らなくてもすぐにあげるよ。


「美味しいか。確かに美味しいなぁ」


 ロボ一家も喜んでいるし、みんなで焼き鳥を食べつつ、露天市を見て回ろう。


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