第2262話・結末
Side:山科言継
新見を連れて急ぎ近江に参ったが、奉行衆も驚いておるというのが本音か。
手を出すなと穏便に済ますのではない。偽の綸旨であろうと堂々と朝廷に問うとは誰もが思わなんだという。当然、京の都におる政所の伊勢もまったく知らされておらなんだことじゃ。
旧知の奉行衆によると、大樹と慶寿院殿、管領代殿と四季の方。この者らで、ほぼ決めてしまったと思われるとのこと。
新見には理解しておるように言うたが、正直なところ、尾張と友誼を持ち、内匠頭とは幾度も会うた吾でも此度のことは驚いたわ。
近江に着いて間を置かず大樹に目通りを許された。
謁見の間は少し張り詰めたように感じる。同席するのは慶寿院殿と管領代殿、それと曙殿と数名の側近か。
新見にはとにかく謝罪しろと言うてある。新見家が大樹を謀ったわけでもないが、家職を奪われ好き勝手されたことは不徳とも言えるからの。
「此度のことまことに申し訳ございませぬ。伏してお詫び申し上げまする」
新見は、いささか声が震えておるな。それが余計に場の様子を重くしておる。
「上様は
近習の言葉に安堵する。叱責される程度ならば致し方ない。それだけ世を騒がせたのだ。
「真継が持つ綸旨と年預職に関する書などはすべて一旦こちらで預かる。いずれも真継が勝手に手を加えたところがあると思われる故にな。こちらで真贋を確かめて返還する」
やはりそのまま返してはくれぬか。とはいえ、こちらも致し方あるまい。
「ありがとうございまする。綸旨を偽るような者に家職を奪われるは、一重に我が家の不徳。一切、異論はございませぬ」
いつからか新見は、恐れから感極まるような様子に変わっておる。これでよいのであろう。大樹としても鋳物師年預職など要らぬであろうしの。
大樹のところを辞すると、奉行衆が姿を見せた。
「新見殿は鋳物師年預職の家伝を受け継いでおらぬとか。上様が新見殿のことを案じておられる。よろしければ、しばらく近江にて上様の下で励んでみてはいかがか?」
まさか、こちらから頼まずとも助けてくれるのか? 新見は迷うようで吾を見た。
「またとないことじゃ。受けるとよい。世は変わりつつある。大樹の下で励み学ぶのもよいこと。主上には吾から奏上致そう」
「お受け致す。よしなにお願い申し上げる」
これで地下家は、大樹を頼りとする者がますます増えような。政にて正道を示し、地下家に職と糧を与えるのだ。さらに大樹が京の都を離れたことで諸勢力には不満も多いが、此度の一件で力を示し名を上げた。
未だ京の都にて大樹の意に添わぬままの政所の伊勢も、此度の一件で力の差を見せつけられた。いずれ機を見て従うことになろうな。
事の発端は真継が愚かだったということじゃが、終わってみると大樹の一人勝ちか。大樹を助けておる内匠頭と大智の喜ぶ顔が見えるようじゃ。
致し方あるまいな。主上と院も大樹を頼りとしておる。吾が言うのもおかしな話だが、今の公卿では世がまとまらぬ。
Side:真継久直
すべては唐突なことであった。
夜が明ける前、気が付いた時には屋敷が三好の兵に囲まれておった。思い当たることもないまま、三好により吾は捕らえられ罪人となった。
申し開きすら許されず、近江に移送されるという。家人を旧知の公卿の下に走らせたが、その者が戻る前に縄を打たれた。
近江の公方様を謀った罪だとか。わけが分からぬ。なにかの間違いだ。すぐに家人が知らせた公卿から政所の伊勢殿に話が行くと三好とて好き勝手に出来まい。放免されるはずだ。
そう確信しておったのだが……。
ところが放免されぬまま、近江に来てしまった。縄を打たれたまま衆目に恥を晒しつつ歩かされたことで怒りが収まらぬ。
さらに縄が食い込み、血が滲んだ。歩くのが遅いと幾度も怒鳴られた。かようなことが許されて良いのか?
何故、助けが来ぬ!
近江に着いて数日、牢から出されたが縄は打たれたままだ。
吾の前には刑務奉行とその配下がおる。
訴訟などは主に京の都におる政所の伊勢家が行なうはずが、伊勢が従わぬことで大樹が尾張に習い新たに整えた刑務方だ。
都落ちした将軍と蔑まれたことがよほど面白うないと見える。されど、三国同盟の後ろ盾がある大樹に逆らえる者は少なく、今では諸国の訴訟はこやつらが裁いておる。
「そなたには上様への謀叛の嫌疑がある。畏れ多くも院の綸旨を偽造し諸国の守護を騙した。さらに上様が近江に造営中の町にて偽の綸旨を用いて上様を謀ったことは、謀叛としか言えぬ。よって死罪とする」
なんだと……。そうか、そういうことならばこちらにも考えがあるぞ。
「畏れながら申し開きをお許し下され。吾は偽の綸旨など知りませぬ。すべては猶父であった新見家から譲り受けたもの。偽であるとするならばその証を示し、新見を罰していただきたい」
舐めるな! 東夷にへりくだる愚か者どもが! わしは帝に仕える身。己らなどに裁かれる覚えはないわ!!
「綸旨に関しては、院が知らぬと仰せだと関白殿下から書状が届いておる。さらにそなたの家人らが、商人らと結託し新見家借財を理由に家職を奪ったこと、綸旨の偽造、
あり得ぬ。あり得ぬ。あり得ぬ。あり得ぬ。あり得ぬ。あり得ぬ。あり得ぬ。あり得ぬ。あり得ぬ。あり得ぬ。
かような理不尽なことがあってよいはずがない!
「話が違いまする。堂上家の方々にも奉行衆にも貴殿にも、吾の持つ綸旨は正統なものだと認めていただいておったはず!」
最早、これまでか。道づれにしてやる! あれだけ銭を与えたというのに。助けも寄越さぬ者らなど、すべて道づれにしてやるわ!!
「知らぬな。そもそも我らには綸旨を疑うなど畏れ多いことなど出来ぬ。鋳物師年預職を名乗る者が来れば信じるほかあるまい。そなたの言い分、証立て出来るのか? 堂上家に関しては我らからはなにも言えぬ。己で確かめろと言いたいが、そなたには無理だ。誰が綸旨を偽造したとて、上様を謀ったのがそなたであることに変わりはない。死罪は覆らぬ」
「政所の伊勢殿に問うてくれ! 以前、訴訟にてお認めいただいた!!」
「伊勢殿はすでに、一連の件はそなたに騙され、己の不徳であったと上様に謝罪しておる」
謀られた……のか? 根回しもすべて済んでおると? 吾が気付くことも出来ぬほど密かに?
誰だ! 誰が動いたのだ!? 諸国で勝手をする武士から税を集めることは皆が望み喜んでおったはずだ! 奉行衆も伊勢も上様も!!
なにがあったのだ! この近江で!!
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