第2260話・偽の綸旨・その四
Side:新見富弘
山科卿に至急参るようにと呼ばれ屋敷を訪ねた。
何用であろうか? 一族の家職を真継に奪われ、山科卿など縁ある者と旧知の者などの助けでなんとか飢えぬ程度の身である吾に。
「落ち着いて聞け。新見家の家職を乗っ取った件と真継が持つ偽の綸旨の件が、近江におる大樹の耳に入り怒りを買うた。奴は偽の綸旨で、大樹が近江に造営中の町に手を出したのじゃ」
……なんと。
「養子の件は致し方ない。借財は事実故にな。されど、その後の扱いはあまりに酷い。さらに偽の綸旨を用いて諸国で勝手をしたこと、すでに院と主上のお耳にも届いた。最早、真継は終わりであろう」
何故、急に? 訴訟はすでに敗れておるが……。それにあの男が根回しをせずに動いたというのか?
「そなたも噂くらいは聞いておろう。久遠内匠頭と四季の方のことは。恐らく、かの者らの耳に入ったのじゃ。決してそなたを助けようとしたわけではあるまいが、あの愚か者は増長し相手を見誤った」
堂上家も公方も管領も誰も助けてくれなんだ。それが今になって……。
「大樹の造る町は、もとは内匠頭が大樹のために献策したもの。あ奴は大樹と内匠頭の領分に手を出した故、怒らせたのじゃ」
「吾は、いかがすればよろしゅうございましょう」
「すぐに一連の仔細を書に記せ。ただし、決して噓偽りは書いてはならぬぞ。いかに真継が憎かろうがな。分からぬことは分からぬでいい」
「はっ、畏まりましてございます」
なんということだ。あの真継がかようなことになるとは。銭で新見からすべてを奪った男が。同じく銭で世に知られる久遠に潰されるというのか?
誰も助けてくれず、すでに諦めていたというのに。この世には神も仏もないと。
まことの仏は尾張にいたのか? 仏の弾正忠とは異名ではないのか?
「すぐに吾と共に近江に出向くぞ。騒ぎを詫びて礼を言わねばならぬ。家職が戻るかは分からぬが、上手くいけば大樹の下で仕えることくらいは出来るやもしれぬ。そなたには悪い話ではあるまい?」
確かにこのままでは新見は終わりであった。家職に関すること、吾は教えを受けておらず、いかにしていいか分からぬもの。家伝の書などはすべて奪われ見たことすらない。
多くを望まず山科卿に従うしかあるまい。あの男が地獄に落ちて、新見家の存続だけで十分だ。
Side:久遠一馬
京の都、近江、伊勢、尾張で毎日のように使者が行き来して情勢が伝わる。
まず、朝廷は真継を切り捨てた。帝と上皇陛下が激怒するかと思ったが、義輝さんに処罰を一任する形で収めた。
形式として庇うかなと思った関白近衛晴嗣さん、彼も真継の扱いには異を唱えず、ただ真継の主家である柳原家については、この件に関与しているわけではないとして処分を朝廷側でしたいとしている。
朝廷に関しては、帝と公卿の関係が未だに改善していないんだ。特に帝を支えるはずの関白である近衛晴嗣さんと帝の不仲は噂になるほどだ。
稙家さん、山科さん、二条さんは帝と話が出来るらしいが、関白である彼をのけ者にして公の話をするわけにいかない。今回の一件は大事件なので関白である晴嗣さんが動いている。
そんな情勢だが、二条さんからオレに直接文が届いた。
「エル、二条公の頼みだけど……」
「お受けするべきですよ。柳原卿に厳罰を与えてもこちらに利はありません。それに二条公の懸念の通り、近衛卿と関白殿下の様子はあまり好ましくありません」
柳原卿の扱いは朝廷に任せてほしいというものだ。その代わりというわけではないが、近衛親子の微妙な関係を憂慮しており、そこは二条さんが取り持つと言ってくれている。
オレと義輝さんが納得すると収まると理解しているのだろうなぁ。表向きは晴嗣さんが仲介する形として、少しでも関白である晴嗣さんの顔を立てたいらしい。
なんかオレが朝廷と足利政権を動かしているみたいで申し訳ないんだけど、こういう時は協調して動ける人が密かに話をまとめないと争いになっても困るだけだし。
「落としどころかな」
「ええ、家を乗っ取り、偽の綸旨で勝手した公家を上様が成敗された。この事実だけで十分です。早々に事態を収束させましょう。清洲のナザニンとルフィーナに知らせを出します」
朝廷にダメージを与えすぎると、本当に潰れかねない。それは駄目だ。義輝さんが偽りだらけの公家の真実を見抜き成敗した。これで今後、公家に対してこちらが主導権を握れる先例ともなり得る。
義輝さん相手に偽の綸旨を使うとどうなるか。それを示せただけでいい。
「八郎殿、悪いけど、蟹江の大御所様に知らせて」
「はっ、畏まりましてございます」
信秀さんと義統さん、北畠晴具さんと伊勢の具教さんに知らせて了解を取れ次第、近江に知らせよう。
「真継久直か、有能そうな人なんだけどね。節操がない」
この時代、乗っ取りは珍しくないけどなぁ。でも、養子に入った先の息子を餓死させるのは愚策だ。軟禁するならきちんと食わせる。殺すにしてもやり方を考えないと。表向きとしては、死んだら悲しんで見せて供養してやることだって必要だ。
血縁はあちこちに広がるし、体裁や形を整えることで理解する人が増えるんだけどね。そういう心配りをしないと、足を掬われることになる。
真継は上の身分の人には相応に根回しをして、偽の綸旨で鋳物師を掌握して税を集めた力量はあるんだけどね。
下の者とかに対する扱いの悪さが、彼の命運を決めた。
さらに、この件で綸旨の真贋に切り込むと、真継家は諸勢力から恨まれるだろう。当人は死罪だと思うが、代々の公家でもないみたいだし一族は処罰から逃れても生きていけないだろうね。
助けてやる義理などないが、助命がされるなら日ノ本国外に出したほうがいいかもしれない。
まあ、オレは処罰には口を出さないので、一族郎党全員死罪になっても止めないが。遠島送りになるならウチで引き受けるとして提案くらいは内々にしてもいいか。
「人の懐に手を伸ばしたのだ。こうなることもあるものさね」
「そうですね。これで新見家の者も少しは気が晴れるでしょう」
一緒にこの件の相談をしていたジュリアとセレスの言葉が、この時代の人たちの受け止め方だろう。オレたちも少しはこの時代に慣れたのかな。
しかし、朝廷は怖いね。手のひらを返したように真継を見捨てるなんて。
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