第2257話・偽の綸旨・その二
Side:足利義輝
厄介な偽の綸旨が見つかったという知らせに、急ぎ戻り仔細を聞くが……。
あまりの話に信じられぬほどだ。
「公家はなにをやってもよいのか? それとも己らで悪行を正すことも出来ぬのか?」
借財にて家を乗っ取り、偽の綸旨で勝手極まりない無法の数々。なにより、それが地下家より進言があるまで誰もが耳を塞ぎ正そうとしておらぬ。
これが穢れやら身分やらと騒ぐ公家の本性か。なにひとつ信じるに値せぬではないか。京の都の苦境を訴える声ばかりオレのところには届くが、これでは自業自得であろう。
まあ、誰もが目と耳を塞ぐ中、進言したのは近江に呼んだ地下家だ。そう考えると朝廷と堂上家がいかんともしようがないのか? それとも京の都というあの地が救いようがないのか?
分からぬ。
「足利にも責はあること。本来、朝廷を盛り立てることで天下を治めていたのですから……」
「分かっておりまする。母上。されど、これはあまりに酷い」
母上の言葉は、己と亡き父上の不甲斐なさを嘆くように聞こえる。家の乗っ取りも偽の綸旨もオレが将軍となる前のことだからな。当時のことはオレも知らぬし、今の管領代も知るはずがないことだ。
母上とすると責を感じるのであろう。無論、オレもこの場で誰かを責めているわけではない。ただ、あまりに酷い。その一言に尽きる。
管領代もこの件に関しては少し口が重いな。厄介なことであり、関わっても恨まれることになるだけだ。あとは尾張次第だが、オレは伊勢で旅をしていたまま戻ったので、あいにくと尾張にて一馬らとこの件を話してはおらぬ。
「春、いかにするべきだ?」
ただ、尾張からはすべてオレと管領代に任せると書状が届いておった。これは一馬らがこの件で動くことを止めなんだということだ。あとは春次第だが……。
「堂々と処罰を求めるべきでございます。上様の都に手を出した以上、御面目にも関わること。地下家は上様を信じて明かしたのでございます。もう後には引けません」
やはりそうなるか。
「院の勅勘は止められぬぞ?」
一馬ならばあるいは……、だが一馬は止めまい。止める立場でもなければ理由もない。
「なにがあろうと致し方ないことでございます。それに偽物が
そういえば一馬から聞いたことがあるな。綸旨の扱いについて。伊勢無量寿院の時、綸旨を求めて朝廷にお返ししたのは、いずれ争いの元となる綸旨を正すためだったと。
「出来るのか? 奉行衆に任せておけぬぞ」
綸旨の真贋を確かめるか。今までにも訴えがあったはずだが、そもそも現状の訴訟は公正なものではない。オレが言うのもおかしな話だが。
「そこはまだ話を詰めておりません。慶寿院様にお伺いしとうございます。公家ならば真贋が怪しい綸旨を確かめることが出来るのかどうか、お教えください」
「……すべてとは言いませんが、憂いなく動けるならば真贋を明らかにすることは出来るでしょう。いえ、大樹が求めるならば、やらねばならぬことです。これすら拒むというならば、公卿も公家は、主上と院からまことに見限られるかもしれません」
春の問いに母上が答えたが、その話にオレは言葉が出なんだ。帝と院が公家を見限ると、近衛家の母上が口にしたことにだ。
守るべきは主上や院だ。オレも管領代も尾張もそこは一致しておる。されど、公卿公家は? いずこまで残すか。家伝やらなにやらと勿体付けておるが限度がある。世の憂いとなるならば……。
おっと、また急いてしもうたな。
「今後のことは、もう少し考えねばならぬな。ひとまず帝と院のお耳に真相をお伝えせねば」
綸旨の真贋を確かめることは尾張とも話して決めねばならぬ。母上にもこの件は知恵を貸してもらうか。公家を使わねば奉行衆ではやれぬことだ。
その前に真継の処遇だ。こちらのやることがあまり気に入らぬ様子の関白に伝えれば握り潰そうとするかもしれぬが、そうはさせぬ。近衛殿下に直に伝えるために久我卿を遣わすか。
帝と院のお耳に入れるように求める。さもなくば、こちらにも考えがあると強く命じておくか。
Side:尾張の公家
内匠頭殿に内々にと屋敷に呼ばれた。宴やらなにやらと会うことはあるが、少し知恵を貸してほしいという。
貸すほどに知恵があるか分からぬが、取り急ぎ出向いて参った。
「真継か……」
「以前、皆様方がお教えくだされたおかげで私たちは難を逃れましたが、造営中の上様の都に手を出してきました。また、とある筋からあの者の綸旨は偽物だという証言もあり、動くことになります」
真継め、大樹の都に手を出したのか!? あそこは内匠頭殿が自ら献策した次の世の要ぞ。まさに仏の逆鱗に触れることと知らぬのか!?
内匠頭殿の怒りは主上の勅勘に匹敵すると神宮が示したというのに……。
「して吾らは真継のことで動けばよいのか?」
「いえ、それは別です。その件は上様と管領代殿が動かれるので。皆様にご迷惑をお掛け致しません。お知恵をお借りしたいのは、偽の綸旨を見極めることについてです。すべてとは言いませんが、今の世はあまりに偽の綸旨が多すぎますから」
なるほど。これならば、吾らも役に立てよう。
「筆跡で分かる。公家や寺社の古い書を紐解けばより正しく分かるはずじゃ。されど、厄介ではないか? 諸勢力が素直に綸旨を出すか? 偽物を持つ者であれば、尚更、出さぬと思うが」
「出さないのならば、それでいいのですよ。今は、すべてを暴く気などありません。此度の真継のように各地の守護や武士に綸旨を使う場合や訴訟があった際に、まずは上様の下で真贋を確かめることをしたいんです」
「……さすがとしか思えぬの。その加減こそ内匠頭殿良きところじゃ。それならば出来ると思うぞ」
大樹と尾張でなくば、出来ぬことだと思うがの。
確かに偽の綸旨は多い。武士も寺社も公家も、皆、勝手に綸旨を作るからの。ひとまず偽の綸旨を増やさぬことと安易に使わせぬために動くか。
「ありがとうございます。少し詳細を考えたいので、もう少しお知恵をお貸しください」
内匠頭殿と奥方衆と共に、この件はこちらで考えたほうがよいの。上様の奉行衆は京の都と縁も深い者が多い。あまりあちらに任せるとなにをするか分からぬ。
「そうじゃの。吾らも共に考えよう」
まことに朝廷を見捨てぬのじゃな。神宮と共に見捨てるのかと案じておったが。
見捨てたほうが早いと思わなくもないがの。吾でさえそう思うのだ。東国の者らはもっとそう思うておろう。
この御仁を皆で盛り立てねば、日ノ本に先はない。
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