第2249話・子供たちの久遠諸島訪問と近江の山狩り・その九
Side:久遠一馬
夜、手持ち花火で遊んで子供たちは休んだ。オレは教師陣やウチの家臣のみんなと少しお酒を飲んでいる。
「書物はよいの。図書寮が上手くゆくと良かったのじゃが……」
本好きなお公家様が残念そうにつぶやいた。
図書寮は、今も建設中なんだよね。公式には。実は建屋とかはとっくに完成しているんだけど。
「難しいですね。余計なことを言わなきゃ良かったかと少し悔いています」
総論賛成、個別な事案で対立。そんな感じで図書寮の再建の話が宙に浮いている。
斯波家と織田家では現在、朝廷との交渉はすべて足利政権を通す形にしたため、図書寮の話し合いも足利政権に移行させた。それもまた揉めた原因だ。後から足利政権が口を出すことになったからな。
さらに図書寮の人選や書物の扱い。閲覧許可など細かい取り決めで合意出来ていない。朝廷内でも古くから図書寮に関わる公卿公家が家職だから役職を寄越せと騒いでいるが、すでに滅んだ図書寮のまま家職として独占されても困る。
書物の扱いと閲覧許可、これも誰が認め、どういう扱いをしていくのか。そこの合意が困難なんだ。朝廷としては献上してほしい。以後の扱いに口を出されたくないというのがある。
ただ、こちらでは権利まで放棄する気はない。特にウチの知識と本は。向こうに任せて勝手に敵対勢力に与えられても困る。もっと言えば、こちらの知識だけ寄越せ、こちらには見せないという懸念もある。
さらに朝廷が今までしてきたように、寺社や武士に与えるとか勝手されて四散されても困るんだよね。保管して管理してもらうのが目的だから。
今はないだろうが先々を考えると、図書寮の組織自体、今の時代にあった形にしないといけない。ただ、朝廷は基本として変えるのを悪と考えるが如く嫌がる。
現状でも朝廷関連で地方に散らばった書物などは手に入り次第、写本して原本を送っていて、向こうからも当たり障りのない書物の写本はこちらに届く。
そういう意味では写本の相互交換は上手くいっている。これは近衛さんと広橋さんが仕切っているので上手くいっているんだ。
ただ、図書寮という形をどうするかという話は、半ば頓挫している。
ここ数年で政治的な状況も変わり、尾張では朝廷に対する費用負担の見直し議論が度々ある。図書寮に関しては尾張と京の都の再建費を織田で出すことは合意し完成したが、今後の維持管理費をどうするのかはまだ決まっていないんだ。
当初は尾張で出すつもりだったが、上皇陛下の極﨟との騒ぎのあと情勢が変化したことで尾張では否定的な意見が大勢だ。
それと当初あった大和国への図書寮の話は頓挫した。理由は費用負担と利権の調整が付かなかったからだ。今も中止はしていないが、大和図書寮はなにも進んでいない。
そもそも朝廷に対する信頼度がほぼ皆無になったので、朝廷への写本も止めるべきだという意見すらあるほどだ。
対価を払わないのに知識だけ寄越せと見える形に織田家ではうんざりしている。もう朝廷の官位自体、ここしばらく貰う人がいないし、私称する人もどんどん減っている。
官位を得ると、どっちの味方なんだと疑われるようになりそうだからなぁ。
「吾が口を出すことではないが、あまり深入りせずに尾張と内匠頭の国で残すように努めたほうがよいぞ。ここだけの話、帝とて代替わりするとなにを言い出すか分からぬ」
少し本音を漏らすとお公家様は驚きつつ、そんなことを助言してくれた。なんというか、公家の信頼度もこの程度なのか?
「左様じゃの。そなたの尊皇と世を思う心は分かるが……」
まあ、失敗したとは誰も言えないことで図書寮そのものが頓挫することはないだろう。ただ、尾張と京の都で書物の共有は無理かもしれないね。
箱物は出来たんだし、向こうは向こうで、こちらはこちらで運営するというのが落としどころか。それなら向こうがどんな体制でどうしようとこっちにデメリットはないし。
Side:六角義賢
数日にわたる山狩りは終わった。
観音寺城に戻り、後始末と今後の差配をする。
ひとまず八風街道と千種街道を使えるようにするための賊は排除した。あとは街道を整えるための賦役と、今後、賊が戻らぬようにせねばならぬ。
残る懸念じゃが……。
「そうか、ではそうするか」
蒲生下野守と話して、賊と通じた者への対処を決めた。六角としては商いでの助力を止めること、蒲生家としては絶縁となり、寺社はそのままとなるが村は独立させることになる。
寺社も村もこちらから手を出すことはないが、以後、己の力で生きてもらう。すでに泣きついておるところもあるが、当面は許さぬことにした。
寺社は本山が出てくれば話をせねばならぬが、正直、あの辺りの寺社と縁を切ったところで障りはない。
「今後は守護としての務めと、六角家を変えてゆくことを確と分けることとする」
国人衆や寺社はもう捨て置くことにした。あの者らがいかになろうと知らぬ。わしには守護としての務め以上の関わりはないのだ。
「御屋形様、されど……」
「所領安堵は認める。それは変えぬ。不満なら独立してもよいぞ。そなたらが独立するならば不戦の誓紙を交わし感状はやる。長きにわたり仕えたのだ。粗末にはせぬから案じずともよい」
父上が苦労して残してくれた所領と従う者たち故、出来れば共に変えてゆきたかったが、恨まれてまで変える時はもうない。ようやく、その決心が出来た。
家臣らも宿老以外は戸惑うておるが、無理に従える理由はない。各々で考え動けばよかろう。もとより左様な世なのだ。
「返答は急がぬ。好きなだけ考えるがいい。ただ、わしは従う者たちと共に変えてゆく。従うのが直轄領だけになってもな」
近頃は織田の心情が理解出来るようになった。内匠頭殿は皆と共に生きるべく動くが、言い換えるとあの御仁なればこそ。織田家としては、正直、そこまで皆を従えて変えてやることに熱心ではない。
現に内匠頭殿が見捨てたところは誰も助けておらぬ。
北畠も変わりつつあるのだ。六角だけがいつまでも国人衆や寺社に配慮して後れを取るわけにはいかぬ。
「ひとまず検地でございますな。それで領内を確と知ることで、今後のことも考えることが出来まする」
平井加賀守の言葉には異を唱える者がおらなんだ。性急に変えることは望まずとも、検地と人の数を調べることはそろそろ必要なのは皆が理解しておるからな。
「織田は我らを待ってなどくれませぬ。新たな治世がより進むと、我らの居場所がなくなることもあり得ましょう。すぐにでも取り掛かりまする」
皆の顔を見て意を決したように口を開いたのは、目賀田次郎左衛門尉か。一足先に所領を手放した身故、遠慮してあまり発言しておらなんだが。
曙殿らに付けておることで焦りは一番あるのかもしれぬな。
懸念の国人らは六角が変われば従おう。織田の治世でも生きる場はある。あとはどうとでもなる。あとはな……。
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