第2238話・改革の原点

Side:秋


 宿老の臣従により、近江では激震が走った。


 どういう経緯で近江に根付いているのかなど様々らしいけど、現状では宿老も国人衆でしかないのよね。それが、なんの前触れもなく臣従したと通告したことに驚き慌てている人が多い。


 ただ、言い換えるとそれだけなのよね。管領代殿と六角の力が強まることを懸念する国人衆や寺社などが、それぞれ親しいところと対応策を相談しているみたいだけど。


 一部の者は聞いてないと管領代殿や宿老のところに押しかけたけど、あとは北近江で織田に敗れた元国人衆たちが六角を揺れると考え挙兵しようとしただけ。それも、それぞれの家から寺社に押し込まれたりしていた者たちの単独犯だけになる。


 近江の者たちは、当然ながらこの先には織田と同じ統治があるのではと警戒がある。


 とはいえ、みんな独立したひとつの家であり、国人衆や寺社が六角と宿老の臣従問題に表立って口を挟むことは出来ない。


 こうなると目賀田殿が所領を献上したことが生きるのよね。先例としてあり得ると暗に示すくらいが現状ではちょうどいいから。


 そんな状況の六角家だけど、観音寺城下にある六角家の館では、連日、六角と宿老の各家から当主と家老などが集まり今後のことを話している。


 この話し合いには、春と私も参加しているわ。


 そもそもこの臣従は昔からの形で所領安堵するわけではない。所領をどうするのか、各種利権をどうするのか、俸禄をどうするのか、一から考えているのよ。そのため詰める話は膨大になる。


「では検地と領内の民を知ることからですな」


 いち早く所領を放棄した目賀田家は別だけど、あとは検地と人口調査をすることと、その結果を共有することでまずは合意した。


 これには、それぞれの領内にて正確な収入や国力を明らかにすると同時に、検地と人口調査を拒否する者の炙り出しも兼ねている。六角も宿老も一枚岩とは言い難く、一族や従える土豪などは反発もあり得る。さらに寺社領は検地と人口調査の対象外であるものの、まずはここからやらないと話にならない。


 すでに臣従を申し出た蒲生家は、それを取り下げるつもりはないとのことだけど、山狩りに影響が出そうなことと宿老で歩調を合わせるために所領献上は一時棚上げとなった。


 ここまでくると他の宿老も所領放棄を前提に皆が考えていて、そのための議論が今この場で行なわれている。


「あとは腹を割って議論をするために、評定の形を変えることを勧めるわ。今は家臣も国人もごっちゃになっているのよね。段階を踏むべきよ。六角家中の議論があって、その次に国人衆を含めた近江守護としての議論をするべきね。六角家のことは六角家で決める。まずはその形を作るべきだわ」


 驚いたことに、春は尾張とは少し違う形を提案していた。


 織田家の時は正式な家臣でない者たちも、臣従との姿勢を示している者は事実上の家臣として従えて導いていたんだけど……。


「織田とは違いまするな」


 管領代殿もそこが気になったみたいね。


「半端に気を使っても仕方ないから本音を言うわね。尾張では守護様がいて大殿がいて我が殿がいると、なにをやってもみんな従うのよ。近江では残念ながら管領代殿と宿老である皆様がたが揃っても、それには及ばないわ」


 そうなのよね。近江に来て実感することは、守護様と司令の力がいかに凄いかということ。管領代殿と宿老が揃えば大殿に匹敵する武威となるとしても、斯波家の権威と司令の人を信じさせる力は及ばない。それがこの地で苦労をする原因になっている。


「それはそうであるな」


 管領代殿と宿老たちが苦笑いを浮かべた。まさに彼らがここ数年悩んでいたことの核心のひとつだからでしょうね。


「この先、新しい形にしていく場合、皆様方以外の下の者には自ら決断をさせないといけないわ。臣従も所領の献上も。上から命じると末代まで恨むことになる。そのためには、皆様方が率先して六角家の新しい形を示さないといけないの」


 六角家の改革と近江の改革、まずはこれを分ける必要があると春は考えた。


 六角家の場合は、大元となる六角家の組織作りから始めないと難しいのよね。北畠でも改革をしているけど、やはり畿内に近いことや本来の権威が強い北畠とは違う苦労がある。


 国人衆は所領安堵と本来の義務だけで十分だし。


 ほんと、新しいことをするのは難しいわね。




Side:久遠一馬


 伊勢南部、ほぼ北畠の新しい取り組みを支持して従っているけど、神宮と一部の寺社は関所の維持をしていることで近隣との和を乱している。


 今のところ、こちらの卸値は変えていない。ただし関所の統廃合が進んだことで北畠領と従う寺社の物価は僅かだが下がりつつあるが、逆に関所を維持している寺領では、出入りの際に北畠方と寺社方の双方で関所を設けているため、品物の売値に税が加わることで物価が下がっていない。


 値段の幅は些細なものだが、それが影響を及ぼす者たちの不満となりつつある。


 すでに宮川の氾濫の際に、北畠家から離反した村や寺社を友好価格でない卸値に変えたことで、品物の卸値が友好価格とそれ以外では天と地ほど差があるとみんな知っているんだ。


 北畠家も織田家も共にみんなに配慮していると知ってくれたことは大きい。同じ南伊勢であるにもかかわらず街道や要所で関税を取り続ける寺社のせいで品物の値段が高いところは不満を持ち始めた。


 信仰や寺社への敬意、世話になっていたという経緯もあり、武士は表立って騒ぐところはないけどね。


 領民の暮らしを変え始めた北畠家と、領民の暮らしを顧みない立派な寺社。この違いは領民単位だと影響が大きく、関所を北畠家に合わせた寺社に信が集まり、神宮に祈るのを止めた者も増えている。


 無論、神宮も関所の統廃合を検討しているようだ。北畠家と協議したいと申し出ているらしいが、北畠家は忙しいという理由で応じていない。


 なにかにつけて斯波と織田との仲介を持ち出す神宮を、北畠家でも持て余しつつある。


 また、これを理由に関税分の補填を望むことは明らかだが、この仕組みには欠点もある。まともに働くお坊さんには、お金のことで悩ませないことで協力してくれるのでいいこと尽くめだが、働かないお坊さんたちが高級ニートと化してしまう前例が織田領でもある。


 北畠家としては義理以上に神宮を変えてやる気などさらさらなく、むしろ神宮との交流を減らしつつある。


 これは国人衆も同じで、大湊・宇治・山田と神宮の自治都市が神宮から距離を置いたことで、神宮と離れても生きるのに困らないのが原因だ。


 今までは神宮に睨まれると生きていけなかったからね。


 結局、自分たちの収入をどう使うのか。寺社にいくら出すのか。そんなところを改めて考えているところが増えたんだ。


 これにはいい面もあって、神宮への寄進を減らして地元の寺社に寄進するなんて人も出ている。


 あそこは朝廷の寺社で自分たちの寺社じゃない。そういう冗談が南伊勢で流れているなんて話もあるからなぁ。


 全体としては上手くいっている。ただ、神宮の根本的な問題点、朝廷の祖を祀る場所を一地域や一勢力で支えている歪な形が改革の過程で問題化しているんだよね。


 日ノ本と朝廷のための寺社なら日ノ本と朝廷で支えろ。これが伊勢と尾張の総意になりつつある。




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