第2239話・帰省のかたち
Side:久遠一馬
夏の海は日差しが強いものの、吹き抜ける風は気持ちいい。
四方に広がる海を見ていると、それだけで心が洗われるようだ。
「走ってはだめですよ! 船は突然揺れるのです」
賑やかな子供たちを注意するお市ちゃんの声がする。子供たちは元気だなぁ。
オレは今、久遠諸島に向かっている船の中にいる。今回は特に子供が多い。まあ、子供といっても大半は元服直前の中学生くらいの子たちだけど。
きっかけは、義統さんだ。あれは春、まだ花見もしていない時のことだ……。
「津島天王祭が終わった頃にでも帰省しようと思います。今年はどなたを同行させましょうか?」
義統さん、信秀さん、信長さん、義信君との茶席でまず相談したんだ。ウチの島を見たい。学びたいという人は年々増えているからね。
信秀さんは前向きに考えてくれていたと思うが、義統さんはそんなオレたちと別の意見を持っていたらしい。
「……無理に同行したわしが言うていいことではないが、毎度、誰ぞを連れて見せるのは必要なのか?」
少し険しい表情だったことは今でも覚えている。正直、オレはあまりああいう表情をされたことはないから、余計に記憶に残っている。
「見せること、連れて行って当然となりつつあるぞ。要らぬ慣例となる。そのうち感謝すら忘れる者が現れよう。一度、そなたと臣下だけで戻る形を示したほうがいいと思うが、いかがだ?」
「守護様……」
「幾度も腹を割って話して、そなたの本音も狙いも承知だ。だがな、わしには、そなたがまだまだ甘いと思えてならぬ。大武丸やその子の代となり、日ノ本が久遠を威圧出来るようになった時に断れるか? そなたたちの知識や技をもっと寄越せと言い始めるであろう朝廷や寺社相手に、来るなと言うて戦が出来るか? 悪いことは言わぬ。今から要らぬ慣例を増やさぬほうがいい。誰ぞを連れて行くにしても嘆願が上がるくらいにじらして数回に一度でよい」
あの時の言葉は忘れないかもしれない。
義統さんはずっと遠慮して配慮をしてくれていた人だ。オレや信秀さんの意思に異を唱えることは滅多にない。それだけに義統さんの言葉は重かった。
「当初は誰も見たことのない島故、一度見ねば要らぬ噂と疑念が広がっておりましたからな。守護様のおっしゃること一々もっとも」
「連れて行くにしても学校の子くらいでよかろう。若い者で行きたい者は那古野の学校に通えと言える。あそこなら久遠の知恵の価値を教えておる故にな」
信秀さんが義統さんの意見に同意したことで、今年は大人の同行は見送りとなった。
「殿、いかがされましたか?」
あの時のことを思い出していると千代女さんに声を掛けられた。無言で海を見ていて少し心配をかけたのかもしれない。
「いや、守護様に言われたことを思い出してね。本領を見せるのがいいのか。見せないのがいいのか。難しいなって思ってさ」
義統さんの意見による大人の同行者見送りは妻たちと資清さんたちで共有しているので、千代女さんも承知のことだ。
「殿はいずれ日ノ本を離れ、本領にお戻りになられることをお考えでございます。さらに大武丸も武士とせず継がせるのは本領のみと。ならば、守護様のお考えは必要なことかと私は思います。このままでは久遠は日ノ本に取り込まれてしまう恐れがございます」
やはりそう結論になるんだろうね。オーバーテクノロジーがあるから優位には立てる。ただ、代替わりして人が変わったのちに果たして久遠が日ノ本とどう付き合うのか。危うさがあるのは事実だ。
教えて当たり前、見せて当たり前、連れて行って当たり前。こういう形を考え直そうと言い出したのはオレたちなんだよね。
事実、山科さんの久遠諸島行きへの同行を断れなかった前例がある。義統さんの中であれが随分と引っかかっているみたいだし。
日ノ本の統一と朝廷と寺社。これが尾張にとって月日を追うごとに厄介なものとなって妨げとなりつつある。
歴史上の人たちが革命を起こした気持ちも分からないではないね。少し物騒なことを言えば……。
Side:織田信秀
一馬のおらぬ尾張。わしは守護様と茶を飲み、ゆるりとした時を過ごしておる。
「弾正、家中の様子はいかがじゃ?」
「特に不満を言う者はおらぬ様子。もとより久遠と我らは対等と言えぬほど借りばかりがある身。一馬の帰省と同行者の件は、今こそ変えるべき時だったかと。守護様の先見の明はお見事としか言いようがございませぬ」
何故であろうか、守護様に少し苦笑いをされた。
「そなたは昔から強き男故にな、かようなところには気付かぬのかもしれぬ。一馬らは察しておっても世を変えてまとめることを選んでしまう。努々忘れぬようにの。人はすぐに慣れる。久遠に対しても借りばかりで申し訳ないと言うのは、今を知る者くらいじゃ。先々ではかならず恩を仇で返す者が増える」
守護様……。変わられぬな。臣下を信じ、かつてと権威も立場も変ったというのに。あの頃を未だに忘れておられぬ。
「以前の一馬は、いずれ久遠を日ノ本の一部とするつもりでございましたからな」
「止めておいたほうがよい。一馬の築く世がいかなものか見えぬが、久遠が日ノ本で政をせぬならば尚更な」
これもまた、守護様とわしでは理解出来ぬところのひとつか。政を他者に預けてしまうというのは理解が難しい。望まぬことも理解するし、朝廷や公家のようにその立場も決していいものとは思えぬは分かるが。
そこまで他者を信じられるものなのか? いかに世が変わろうとも人の上に立つ者が久遠を目障りとするのはあり得ることだ。
もっとも一馬もこの十年で変わった。今は日ノ本の外を久遠領として残すことを決めて動いておる。もしかすると我らや我らの子孫が日ノ本を見限り、久遠の地に移り住むことさえあり得ることかもしれぬからな。
久遠は今のままがよい。
それこそ唐天竺のように、朝廷と寺社を根絶やしにすることをやらぬというのならばな。奴らは必ず久遠を潰しにかかる。
「余計な者がおらぬ本領で少し休めるといいのじゃがの。一馬は」
まだ夏だというのにすでに秋かと思う日が多い。今日もまたな。
守護様は左様な空を見上げ、遥か東の地に思いを馳せておられるようだ。
我らにとって、すでに久遠はなくてはならぬもの。たとえ朝廷や寺社と絶縁してもな。故に、守らねばならぬ。
なにがあろうとな。
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