第2211話・花火の日・その二

Side:飛騨の親子


 今日は雲一つない空だ。これなら花火が見られるらしい。


「あの……なんと礼を言うたらいいのか……」


「ああ、礼をしてもしきれねえ」


 旅籠の主に頼まれた手伝いを終えて戻ると、同じように遠方からきた者たちが平伏して旅籠の主に礼を言うていた。


「止めねえか。オレはそんな身分じゃねえ! その銭だってこの二日働いた分だ!!」


 なにかあったのかと見ておると、旅籠の主は困った顔で男たちを立たせようとしていた。


「宿代は商人組合が出すって決まったんだ。礼を言うならあっちにしろ!! オレはなにもしてねえ!」


 宿代? おらにも関わりがあるのかと旅籠の主のところに行く。足りないというならしばらく働くつもりだ。


「あの……」


「おお、あんたか。これ、あんたの銭だ。二日よく働いたな」


 手渡された銭の重さに言葉がでない。……なんで銭をいただくんだ?


「また一から話さなきゃならねえのか。いいかよく聞け。この明日までの宿代は尾張商人組合が出して下さることになった。飯代もな。だから二日半働いた分の銭はあんたのものだ。礼は商人組合の奴らに言ってくれ」


 ああ、分かった。


「この銭を商人組合に持っていけばいいということでしょうか?」


「そうか、そういうことか」


「なるほど」


 おらの言葉に、頭を下げていた奴らも得心がいったらしく頭を上げた。


「違う。それはあんたらが好きに使っていい銭だ。本当はオレが面倒見るつもりだったが、商人組合が花火見物に来た皆が泊まる分の銭を出してくれるんだよ。だから、あんたらが働いた分の銭を渡すことにした。花火見物には美味いものの物売りも多くある。なんか食ってもいいし、土産を買ってもいい。好きに使うてくれ」


 ……なんというお人だ。おらたちは感謝しかないというのに。


「ほら、そろそろ行ってこい」


 戸惑うおらたちに背を向けた主は、そのままいずこかに行ってしまわれた。


「おっとう! はなび!」


「はなび!!」


 涙が込み上げてくる。こんな扱いを受けたのは初めてだ。急かす子らを連れて花火見物の場に行く。見物席も旅籠の主が用意してくれたものだ。泊まり客が見られるようにとな。


「金色飴いらんかね~ 美味しいよ~」


 いずこを見ても人だ。そんな中、子らと手を繋ぎ歩いていると、上物の着物を着た子が飴を売っていた。


 昔、本家の祝いで一度だけ食ったことがある。甘いやつだ。ただ、おらの子たちは飴も知らねえから見ても首を傾げるのみ。


 食わせてやりてえなぁ。村だと手に入れることすら無理なんだ。


「あの、飴がほしいんだが……」


「はい! ありがとうございます! ウチの飴は美味しいよ! お袋様たちと一緒に作ったからね!」


 お袋様? 誰のことだろうなぁ。ただ、飴はおらの知る飴じゃなかった。丸く硬い飴だ。おらが食ったのは甕に入った水飴だったからな。


 値も安い。みんなでひとつずつ買うてもいいくらいだ。これも一生に一度の贅沢になるかもしれねえ。


「じゃあ、五つくれ」


「はい!」


 飴をもらうと落とさねえように懐にしまう。あとで花火を見ながら皆で食おう。


 飴売りの子はそのままおらたちに背中を見せて、また飴を売り始めたが……。


「あの印は……」


 どこかで見た印が背中に記されていた。船のような家紋か旗印だ。


「くおんさまだ!」


「くおんさまのおふね!!」


 ああ、そうだ。子らに言われて思い出した。紙芝居で見た久遠様の旗印だ。


「殿様はお役目だよ?」


 おらの子らが名を呼んだからか、飴売りの子は振り返った。


「久遠様のご家中の子か?」


「はい!」


「ありがたやありがたや」


 爺様が飴売りの子に頭を下げて手を合わせて祈ると、子とおっ母も手を合わせた。村の和尚様が言っていたんだ。飯が食えるのは織田様と久遠様のおかげだと。


 おらも手を合わせて祈ろう。きっと祈りが届くはずだ。




Side:朝倉景鏡


 数年ぶりにお会いした宗滴様は、かつての威風堂々とした姿とは様変わりしており、穏やかになっておられた。


 生まれ育った地から離れて、いかに暮らしておるかと気になっていたが、越前では見たことがないような穏やかな顔をされていた。


 越前でも、宗滴様は二度と戦に出られまいと言われていたが、それを実感した。


 ただ、悔いておる様子はない。むしろ、自ら身を引いたのではなかろうかとすら思えた。


 今でも越前では宗滴様を戻せと言う者がおる。敵地にて静養などあり得ぬと。久遠の医術がいかほどのものかと。


 そもそも久遠が預かるということ自体、異例中の異例だ。内匠頭殿は悪い話など聞かぬ御仁だが、一方で権威や名の知れているというだけで従う御仁でもないという。


 そんな御仁が自ら預かった者は今のところ他におらぬ。何故であろうかとずっと考えていたが、尾張に来て宗滴様と会うて分かった気がする。


 孤児たちを世話している屋敷にて安穏とした日々を送る宗滴様を見てな。


「この国と戦などあり得ぬな」


「いかがされた。唐突に」


 思わず声に出てしもうたな。宗滴様の後を継いだ孫九郎殿に訝しげな顔をされた。


「いや、越前におると見えぬものが見えてな」


 わしの所領の大野などもとより美濃のほうが近い。安易に斯波に屈せぬなどと言えるところではない。他の越前者よりも織田の力は知っておるつもりであった。


 されど、尾張に来て理解したのだ。宗滴様や真柄殿が世話になっておる、この国と戦をする難しさを。


 尾張において朝倉家は斯波家から越前を奪ったとみておろう。そのうえ、宗滴様が世話になっておるのだ。


 かような相手と戦などしてみろ。朝倉家は末代まで謀叛人の不義理者と謗られよう。


「誰であれ、戦をしたくば己の名と家でやればいいのだ。それならば止めぬ」


 ほう、孫九郎殿が左様なことを言うとは。織田に倣い要らぬ者らを捨てる気か?


 言うことは一理ある。されど、それでは戦えぬ故に、巻き込むのだ。主家なり守護なり、その地を治める者をな。


 織田に降るには何者であろうと所領を認めぬ。何故かと思うておったが、尾張に来ると見えてくる。政を変えたことで所領にて勝手をする者など要らぬのだ。


 この流れは変わるまい。


 朝倉家はいかがするのか。父が謀叛を起こしたわしには口を出すことも出来ぬが、威勢だけはいい一族や国人衆のために勝ち目のない戦に出ることなどあり得ぬわ。


 殿は悪いお方ではないが、宗滴様のように一族郎党と越前をまとめるのもいささか難しいお方だ。今のまま愚か者どもに流されるならば……。


 さっさと織田に降ったほうがいいのかもしれぬ。



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