第2107話・北畠家

 第八巻、11月20日発売しています。

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 放っておいても連載と続刊が続くほど甘い世界ではありません。もし、ご購入を迷う方がいましたら、この機会にぜひお手に取ってみてください。

 一巻から七巻も書籍版オリジナルの加筆があり、続刊を重ねるごとに加筆が充実しております。




Side:久遠一馬


 師走の寒い時期だけど、義信君と、信長さんと一緒に伊勢大湊に来ている。北畠の霧山御所に訪問と、神宮との関係悪化に伴い状況が変わった、大湊、宇治、山田に対する支援などを話し合うためだ。


「リースル、ヘルミーナ、テレサ、湊屋殿。あとはお願いね」


 大湊の町では、リースルたちに大湊と宇治と山田の町の主な商人たちと話し合ってもらう予定だ。神宮との交流停止の影響で尾張からの伊勢参りが減ったことなどで、一部の商人が困っているみたいだからね。


 尾張との商いを増やすことや、北畠領内の商いに関する改革案などを用意してある。具体的には霧山御所で相談する内容もあるけど。


 オレも商人の代表の皆さんと、昨夜は宴を共にして話を聞いた。


 誰も神宮のことに一切触れない、少し異質な宴だったかもしれない。ただ、ここ最近の変化や状況を聞き、北畠と相談して対策をすると約束した。


「思った以上に落ち着いているな」


 ここしばらく忙しかった信長さんは、久々の伊勢入りに少し機嫌がいいみたい。オレたちは大湊から霧山に向かっているが、特に不穏な様子もない。宇治山田の商人とも話したが、尾張からの人が減った以外はあまり影響はない。


 まあ、早くも神宮領からの流民が大湊とかに来ているみたいだけど。


「去年の水害もありましたしね」


 神宮、オレたちが来て以降、特に大きな失政はなかった。織田でたくさん配慮をした結果でもあるけど。ただ、自ら動くこともまたなかったんだ。


 門前町の宇治と山田の抜け荷も黙認していたし、情勢が悪くなると庇うことなくむしろ彼らが悪いとあっさりと見捨てた。


 もともと宇治山田は北畠の支配が強かったので仕方ないんだろうが、宇治山田を北畠が完全に支配したあとも抜け荷をした商人を庇うことなどなかった。


 去年の水害も消極的にあとから同じくしろと騒いだことで、配慮から一緒に対処したが、同地域だと神宮の動きが遅いのは誰もが知っていることだ。


 結果として偉い寺社だからと敬意を払うことはあるが、親身になって一緒に盛り立てるという感じではなくなりつつある。


「寂しいものじゃの。由緒ある寺社がかようになると……」


 義信君がなんとも言えない表情でつぶやくが、地域の寺社ってより朝廷の寺社だからなぁ。尊皇なんて価値観が薄い時代だと、こんなものだろう。


 寺社、偉い人が贅沢して堕落しているって、尾張や伊勢だと知らない人いないし。正道ともいえる形に戻った寺社が尾張には多い。伊勢であってもそんな寺社と比べられる。もう、彼らの語る一方的な神仏の名を用いた脅しが通用しなくなりつつあるんだ。


 触らぬ神に祟りなし。そんな雰囲気だろうね。大湊と周辺は。




Side:北畠具教


 尾張から若武衛殿らが来る。歓迎をするために霧山は慌ただしい。


「神宮を突き放し、すぐにこちらに参るとは……、恐ろしきことでございますな」


 神宮は見捨てても南伊勢は見捨てぬ。そう示すためでもあろうな。特に一馬が自ら来るということで、家臣らの顔つきも違う。


 かつて一馬を軽んじておった重臣らも今は変わった。とても敵わぬ。言葉にこそ出さぬが、誰もが認めたのだ。


 まあ、正しくは武衛殿が神宮を見捨てたというべきであろうがな。公にしておらぬが、一番激怒したのは武衛殿だとか。あの御仁は権威ある者に人一倍厳しいからな。


「六角に先を越されたからな。この機に変わらねばならぬ。変わりたくない者は神宮と共にあるがままに生きてよいぞ」


「お戯れを。神宮は畏れ多くも朝廷の祖を祀るところ。我らなど助けてくださりませぬ」


「仏の弾正忠様を修羅としてはならぬこと。我らも此度のことでよう理解致しました」


 変わらぬ日々を望むも、時世には逆らえぬか。ようやくだな。神宮の愚かな動きがなければ、この者らはまだ日和見をしたはずだ。


「足利家との婚礼を前に変わらねばならぬのだ」


 神宮もいささか哀れではあるがな。己の失態というよりは他の寺社と朝廷の失態故に尾張は厳しくなったのだ。


「内匠頭殿は頼る者を決して見捨てませぬからな。我らとて己の意思を貫いて同じことをしたいと願うも、とても出来ませぬ」


 朝廷や神宮相手に引かぬと示した一馬が認められつつある。朝廷や寺社を畏れ多く思うものの、信じられるかと言われると……な。


「そもそも、あの御仁は王と名乗るべきでは? 何故、一介の武士と名乗るのか」


「確かに、本領を見た大御所様や長野殿の話では王としか思えぬが……」


 王と名乗れば、最初から違ったのにと愚痴る者らにため息が出そうになるが控える。


 まあ、よい。わざわざ霧山まで来るのだ。家臣らのこの様子ならば、無駄足にだけはなるまい。




Side:伊勢神宮の上位神職


 畿内から訪れる参拝者が、人の少なさに訝しげにすることも珍しくなくなった。斯波と織田に見捨てられたと知ると、さもありなんと言わん顔で帰っていく。


「恐ろしきは内匠頭か」


 当人と会えておらぬ故、分からぬが。内匠頭を傷付けたことで、まるで天の怒りのように誰もが我らを見捨てた。


「仲介を頼みたいが、無量寿院がそれでしくじった」


「大御所様も御所様も尾張贔屓だ」


 皆、ただ肩を落とすのみ。


「我らがなにをしたというのだ。古くからの神社を守るは当然のことぞ」


 納得がいかぬというのが本音か。内匠頭の奥方の面目を潰したとはいえ、ここまでされるなど思うておらなんだ者が多い。


「院の極﨟殿の件、警固固関の儀の件。ここ数年で尾張では朝廷への疑念が増していた。我らがなにもせずとも疑われる理由がある」


「それは朝廷の失態であろう。我らは上手くやっておったはずだ!」


 朝廷の祖を祀るのだ。同じと思われて仕方ない。


 織田に降った寺社と違い、我らは降ることも許されぬ。故に対等以上でなくてはならぬが、それが尾張者にとっては不愉快でしかないとなると上手くいかなくなる。


「独立も考えるべきではあるまいか? このままでは信を失うばかりぞ。要らぬという尾張に頭を下げてなにが残る?」


「神宮の名で所領が治まる時世ではないぞ。民は仏の弾正忠と共にある寺社に祈る。土地を治める者はすべて織田に降った。誰が治めるのだ?」


 武士如きに頭を下げることに不満も根強い。相手はたかだか数年上手くいっておるだけの武士なのだ。されど、我らにはもう使うべき武士も商人もおらぬ。


 元のように少ない所領でつつましく生きるのがいい気もするが、すでに宇治や山田の商人すら馴染みの者は減った。かつてより苦しい日々となろうな。


「武衛殿に助けを求められまいか? あの御仁なら理解するであろう?」


「取次もしてもらえぬのだ。いかにしろというのだ」


 確かに武衛殿ならば、我らと同じ立場のはず。ところが、かの御仁がいかに思うておるのか。一向に伝わってこぬ。止められぬだけ織田と久遠が怒っておるのか?


「また貧しき日々か? それに領内の民すら神宮より織田に心寄せておるぞ。いかがする?」


「よいのではないのか? 本来、ここは朝廷の祖を祀るところ。下民など関わる必要があるまい」


「だが、いつまで寄進を続けるか分からぬぞ。所領から人が逃げたらいかがする?」


「知らぬ! わしに言うな!!」


 頭を下げても許されぬ。命を以て償うと示しても無視される。これでは怒り不満が高まるばかりだ。


 我らは朝廷の祖を祀る神宮の者ぞ。


 ただ、それが要らぬと言われた以上、なにも出来ぬ。誰も自ら立ち上がって尾張と対峙する気がないのだ。故に、こうして主立った者が集まり愚痴るのみ。


 自害でもすればいいのか? 許されるならばいい。だが、許されぬならば犬死ではないか。それは誰もが望まぬ。


 いかにすればいいのだ?


 いかに……。




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