第2108話・北畠の改革

Side:久遠一馬


 霧山御所に来るのも久しぶりだなぁ。なんというか、ここに来ると初めて来た時を思い出す。義統さんたちと上洛した帰りに立ち寄ったんだ。


 あの時は歓迎とは名ばかりで互いに疑心と警戒心が強かった。


 目の前の北畠家の皆さんを見ていると、なぜか、あの時が懐かしく感じる。過ぎた時が変えたのか、重ねた友好が変えたのか。それは分からないけどね。


「しかし、足利家と婚姻を結ぶことになろうとはの」


 歓迎の宴の席で、ひとりの老臣がオレたちを見て呟くように語ったことに周囲が静かになった。


「ああ、遥か東の地では楠木が再び名を上げた。時が満ちたのかもしれぬな」


 元の世界の戦国時代として見ると、南北朝時代は遠い過去のことで直接関係ないように思えることもあるが、この時代では近い過去であり、南北朝時代の因縁が今も色濃く残る。


 敗者であった南朝方と勝者であった北朝方がひとつとなる。この事実は果てしなく重い。


「東の海より来たる久遠家が南北を繋いだ。これを天命と言わずなにを天命と言おうか」


「違いますよ。北畠家との縁を繋いだのは塚原殿です。また上様との縁を繋いだのも……。それにここまで至るには多くの者の苦労と積み重ねがあった。私たちはわずかなきっかけになっただけに過ぎません」


 天命という言葉につい口を挟んでしまった。でもね、人が出来ることは多くない。それはオレたちだって同じだ。どんなこともメリットとデメリットがある。ひとつ間違うと神宮の一件のように間違った方向に進んでしまうだろう。


 ここまでたどり着いたのは過去からの積み重ねがあれこそなんだ。


「かもしれませぬな」


 老臣はオレの言葉をそのまま飲み込み……、一呼吸置くように笑みを浮かべた。


「誰の功か。いずれ天が決めましょう」


「ふふふ、そうかもしれませんね」


 オレの言葉を否定せずに自身の考え方として答えを出した。天とは? その解釈が違うとは思うが、それもまた一つの答えであり間違いではない。


「内匠頭殿、中伊勢と南伊勢は尾張のように変われるのか?」


 少しせっかちなのかな。老臣に続いて若い人がそう問いかけてきた。オレの答えは決まっている。


「変われますよ。いえ、変わるのが定めなのかもしれませんね」


 神宮が懸念となったが、あまり影響はないだろう。残る神宮領は神宮近辺にあるものの、神宮の人たちは良くも悪くも覚悟がない。争ってまで動こうとしないと思う。


 こちらは北畠家とその所領が変われるように手伝うだけだ。


 今回はいろいろやれる気がする。神宮の一件が変えたひとつのメリットだろう。エルたちの表情も明るい。




Side:北畠老臣


 なんという男じゃ。わしの言葉を己が言葉とし、皆が納得する形でまとめてしもうた。


 かような男と同じ世を生きることになるとはの……。神宮の一件でさえ一切揺るがず、北畠を変えてゆこうと出向いてこられた。


 神宮が悪いとは思わぬが、相手を見定めなんだのは失態であろうな。幾度か会うたが、常に穏やかな御仁だ。それ故、軽んじる愚か者が今までにもおったと聞き及ぶが。


 されど、必要とあらば相手が誰であれ断固たる処置をする。噓偽りなく仏のような御仁と思えるほど。


 此度の神宮との騒動のあと、家中では内匠頭殿が羨ましいという声が聞かれるようになった。いかなる相手であっても己の妻子や臣下、主家を守り抜く。まさに武士の鏡のような男じゃと誰かが言うたからであろう。


 院の蔵人相手にも引かず、神宮相手にも引かぬ。見方を変えると頑固者とも見えるが、武士となるとそれが手本にも思える。


 一夜明けて、今後のことを話すことになったが。やはり内匠頭殿が一連の差配をするようだ。少し異質にも思える。若武衛様も尾張介殿も誰も異を唱える様子がないのだ。


「まず北畠家中の皆様が共に利を得られることから始めましょう。領内の者を対象に関所の税を減らして人の行き来を増やす。これだけでも効果はあります。さらに織田と当家の荷を融通する量を増やしましょう。それで皆様が欲する品が手に入りやすくなります」


 関所の件、すでに家中でも話をしておるが、今一つ決断出来ずにおったことだ。やはりそれを持ち出したかと思うと同時に、自ら率先して品を出すことで我らに配慮をする。それは間違っておらぬが……。


 御所様は我らを試す如く見ておるのみ。そのことに皆が気付いておる。ここは戦場と同じ。確固たる功を挙げる気概がなくば、御所様に見限られることもあり得る。


「関税は領内の者は取らぬほうがよいのであろう?」


「ええ、そこが理想ですね。ただ、その税で暮らしている方もおられるので」


「領内の者は無税に。織田領の者も無税でよかろう。我らもその話はしておりまする」


 皆の顔を見た家老が、内匠頭殿の望むようにより確かな形で策を口にすると内匠頭殿は僅かに驚き思案するそぶりを見せた。


 もとより織田方は数年前から北畠領の者を無税としておるのだ。表向きは武芸大会への寄進などに対する返礼としてな。ただ、内実は我らへの助力以外の何物でもないが。


 口実を作り、あれこれと助力をする。よう分からぬ者は対等なのだと勘違いするが、正しくは助けを授けるために口実を作っているのだ。


 戦のために口実を作る者はおるが、助けるために口実を作るなど日ノ本でも織田だけであろう。御所様や大御所様が斯波と織田を助けておられることもあるが、それにしても助力を受け過ぎだ。


「では、その方向で。両属の者や領境の者は一概に言えませんので、あとで話をしないと駄目でしょうが、それで北畠家と皆様は変われたと実感出来るはず。織田農園と街道整備も順調ですからね。関税さえなくなれば、この先は早いですよ」


 にしてもこの御仁は、相も変わらず己が先に利を差し出す。神宮が内匠頭殿を軽んじた理由であろうに。


「この場は余所者もおらぬ故、聞いておきたい。今のままでは織田の持ち出しが多かろう? 我らはいかにして返せばいいのだ?」


 家老のその言葉に周囲が静まり返った。今更でもあるが、それを公の席で認めるということは今までしておらぬからな。とはいえ、施しを受けるだけの立場にはなりたくない。


 我らの最後の面目と言えるかもしれぬ。


「ご存知でしょうが、大御所様と御所様からは多くの助けを受けていますしね。銭だけで勘定出来ないことがあります。ただね、銭で解決出来ることは銭で解決していいと思うのですよ。西も東もまだまだ厄介なことが多くありますから」


 言葉を濁しておるが、三国同盟堅持が織田の利か。確かに、それは間違いあるまい。ただ、この御仁はその先を見ておるのではないか。噂として聞いておったことだ。争いのない国をつくろうとしておると。


 北畠と我らは必要だと言われたのだな。神宮と違い。その事実に安堵しておる者も多いはずだ。


 神宮のように助けを受けるだけ受けて、要らぬと言われることのないようにせねば。末代までの恥となるわ。



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