第1954話・比叡山の高僧
Side:久遠一馬
志摩にある答志島での城が完成間近だと報告があった。
籠城をメインとした城ではないものの、籠城も可能な造りとした。まあ、どちらかと言うと水軍の拠点強化と言うべきだろうけど。
籠城する城と水軍拠点の強化に共通する項目である蔵を多くしてある。あとは灯台も設置した。
尾張を中心に領内の民度は上がっているものの、現状では領外への価値観は変わっておらず、むしろ畿内に対する印象と見方は厳しくなる一方だからなぁ。
結局、抑止力としての城は未だ価値が高い。
近衛さんなどは朝廷と尾張の関係には気を配っているものの、地域間の対立を少し甘く見ている節がある。権威と力で従えてしまえばいいと考える部分もあると思われ、それも間違いではない。
ただ、この件は近衛さんたちだけを責めることは出来ない。遥か昔からある積み重ねでもあるんだ。畿内と東国の難しい関係は。
「あんまり質が良くないね」
この日は、清洲城にて諸国から集まる銭について報告を受けている。銀行業務をしていることもあり、銭は織田家に集まる。領内に出回る貨幣の質が下がらないように選別させて、駄目なのは回収してもらっているんだけど。
どこもかしこも物価も貨幣の供給も考えないから、そのしわ寄せがこっちにくる。このままだと畿内以西は石高制にでもなりそうなんだけど。どうするんだろ。
「余所で出回る銭の中では、質のいい銭を選んで尾張に持ってきておるようでございますが……」
湊屋さんの表情もあまり良くないね。ご飯を食べている時と大違いだ。
畿内以西を切り捨てろという意見も一理あるんだよね。自分たちが苦労して得ている富を奪われる。これをほんとみんなが嫌がる。当然のことなんだけどさ。
「これもねぇ。ほんと嫌になるね」
それと少し前から畿内で出回る織田手形がある。九割九分以上偽物で、近江以東で使うと偽物だとバレるので畿内で少量が出回りつつある。
質も様々で大掛かりな組織が偽造しているわけではない。寺社と商人の一部が悪事に手を染めている。その程度だ。
この件では忍び衆の調査よりも早く、現物が石山本願寺から届いており、犯人も教えてくれたんだけどね。畿内となると未だに石山の情報収集能力のほうが上だ。
こちらとしては表沙汰にしたくない。きりがないんだ。この時代のモラルと体制では。上位の寺、主に本山クラスに指摘して内部で解決してもらう。関わった人はまとめて消えるだろうけど、同情する気もない。
地理的な優位もある経済力もある。もう少し協力して物事を進めると、畿内も良くなると思うんだけど。やろうとすると抵抗して争いとなるからな。誰も出来ない。
まあ、それをやるべき立場である義輝さんが畿内を半ば捨てていることもあるけど。
すべては有史以来積み重なった長年のツケだ。
Side:比叡山の高僧
己の目で見ねば理解出来ぬ国、鎌倉の再来、尾張をそう評する者もおる。
無論、仏の弾正忠などと称されることも、領国を広げることも、一時の勢いなのだと言う者もおるがな。
されど、その一時が十年を超えた。未だ勢いは衰えることを知らず、むしろここ数年はさらに増しておると見るべきであろう。
厄介な世に厄介な者が現れる。これは定めであろうな。
尾張が鎌倉の再来と言われる
今まではそれでよかった。東国が畿内を超えることがないのならばな。
鄙の地である東国が畿内を超える。あり得ぬことと今でも一笑に付す者がおる。日は東から昇るが、世を照らすのは畿内のはずであった。ところが、東国の者らが長年待ち望んでおった新たな日が尾張より昇り始めた。
東国など興味すらない公卿どもが尾張の有様に焦り騒ぐまでは、我らとて興味すらなかったのだがな。いや、今でも多くは同じか。尾張は尾張。我ら比叡山とは関わりなきこと。そう考える者が多い。
中には斯波や織田に頭を下げさせろと言う者もおるが、自ら望まぬ者に強要していいことなどあるまい。
我らが使者として清洲城に到着して数日。未だ、武衛はもとより弾正とも会うことは叶わぬ。寺社奉行とは会うたが、あまり歓迎されておらぬことはすぐに分かった。
伊勢無量寿院。真宗の総本山を称する者らと揉めたこともあり、寺社の本山と関わること自体に嫌気が差しておるとも噂を聞いたが。中らずと
はっきり言えば、要らぬ口を出されたくはあるまい。これは尾張ばかりではない。いずこも同じだからな。
伊勢無量寿院、信濃諏訪神社。公の場で尾張に要らぬと言われた寺社だ。傲慢甚だしいことはもっともなれど、武士に仏道を説いたところで理解せぬのもまた世の常。
ただ、此度のことに限ればそこまで斯波と織田に非はない。図に乗る愚か者に利を与える者などおるわけがない。奥羽の末寺は愚か者ばかりではないか。左様なことも分からぬ故に話も出来ぬほど怒らせるのだ。
いっそのこと従わぬ寺社などすべて討ち滅ぼしてくれれば良かったものを。さすれば、こちらもあまりやり過ぎるなと言うて終わることが出来たのだが。
斯波武衛、織田弾正、久遠内匠頭。尾張の地にて世を動かすことが出来る者。この者らを相手にするには相応の覚悟がいる。近江の公方が動けば大乱になるのだぞ。
尾張としても、こちらと関わりたいと思わぬところもあろうが、商いはしておるのだ。特に久遠物は他では手に入らぬ。奥羽如きで争うことなど望むはずもない。
端の愚か者など許さずともよく、こちらで始末してもよい。
仏は仏のままにしておけばよい。わざわざ仏の逆鱗に触れるなど愚かなことだからな。
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