第1953話・動き出すもの

Side:エル


 大評定での様子を評価しまとめるため、担当者で意見を出し合います。私とメルティ、それと武田無人斎殿、今川彦五郎殿、京極殿などがいます。


 まずは無骨者と言える年配の武官です。


「武官としては、あのくらいでもよいのでしょうね」


「そうだな。されど、心証は悪い」


 わずかに理解を示したのは彦五郎殿です。さすがに人をよく見ている。ただ、そこで無人斎殿が異を唱えました。


 大評定において賦役の説明をしていた際に、黙って目を閉じていた者の評価です。


 武官としての評価はまずまずです。反抗的な姿勢もなく織田家の改革にも従っている。ただし、自分の役目と関わりがないとなると覚える気もない。そんな態度。


「絵師殿、いかに思う?」


「悩むわね。武官も日々新しいことを覚える必要がある。口を出さないから覚える必要もない。これもひとつの方法だもの」


 過渡期の難しさというべきでしょうね。メルティも言葉を選びつつ評価を避けた。理想は異なる役職、武官も文官の仕事を理解してほしい。ただ、それに向けて幼いころから学んでいるような若い子と違い、後から異なる価値観と手法を覚えるのは苦労も多い。


「評価を上げることも下げることも望ましくありませぬな」


 皆が悩む中、京極殿が意見をまとめました。日頃の姿勢や評価に鑑みて現状維持。確かに無難なところでしょう。


 この件は別件ですが、文官の軍事訓練参加や武官文官の賦役研修の場で中長期的な視点で意識改革からするべきでしょうか。


「次はこの方ですが……」


「こちらもこちらでいかにするか」


 議事進行をするのは私です。武官の評価に続き若い文官の評価をするのですが、こちらはこちらで違う問題があります。


「新たな政を理解するのはいいが、加減というものを知らぬのか? 愚かでない故に面倒なと言えばお叱りを受けるかもしれぬが……」


 文官のひとりが厄介だと言いたげな様子であることが、すべてかもしれません。一言でいえば、極端過ぎる。大評定での態度だけで言えば悪くないのですが、質疑の時に発言した内容が少し問題です。賦役において抵抗する者たちへの対応が甘いのではないかと過激な意見を口にしていました。


「あの場での発言が評価につながる。いえ、発言で大殿の目に留まることを望んだのだと思うわ」


「であろうな。奉行衆にもおるわ。一見すると耳当たりのいいことを口にして己の立身出世をしようとする者が」


 メルティと京極殿の意見が一致しましたか。私も同意見です。今の織田家の体制と政を理解してその一歩先を行く者です。


 大評定での態度は評価しなくてはなりませんが、付帯として懸念も記す必要がある。耳当たりがよく過激なことを言って支持を集める。悪いとは言えませんが、危険な者ですので。


「わしは異を唱えさせてもらう。確かとした者ならば、内匠頭殿の日頃の態度と言動から察する。あのような者を捨て置けば家中を乱すぞ」


 評価しつつ懸念も付帯する形に落ち着きそうになった頃、無人斎殿が異を唱えましたか。


 甲斐をまとめ追放をされた過去の苦い経験からでしょう。評価よりも懸念を示すべきだとの考え。それもまた間違いではない。


「評価保留としましょう。このまま大殿に具申致します」


 最終的に私がまとめますが、今回はこの評価システムですら試作段階になります。無理に甲乙付ける必要もありません。


 ただ、評価が難しい者はそこまで多くありません。概ね成功と言えますね。少なくとも次回の人事異動の際には参考になる資料でしょう。


 厄介な者は管理出来る者の下におけばいいだけですので。




Side:久遠一馬


 妻たちがそれぞれの場所に戻った。


 やはり寂しさがあるが、オレよりも子供たちのほうが寂しさを感じている。ウチは常に人が多いとはいえ、それでも妻たちは特別だからね。


 子供たちは残った妻たちに甘えている。


 そんなこの日は、寺社奉行である千秋さんと堀田さんとの打ち合わせだ。


「来ましたか。捨て置けないのでしょうね」


「こちらの言い分を知りたいのでしょうな」


 千秋さんは懸念をしつつホッとしているように見える。相手が比叡山だからなぁ。


 松の内が明けてひとつの難題が動き、比叡山から使者が清洲城に来たんだ。奥羽の騒動について事情を教えてほしいという丁寧なものだ。


 仲介するとも言っておらず、求めるのは現状の確認だ。こちらが騒動とするのか、寺社の勝手な暴発、または内輪揉めとするのかも比叡山としては分からないからな。


 史実を知る身としては驚くほど低姿勢なことに少し驚くが。


「奥羽の末寺を見捨てるわけにもいかぬが、争うても面倒しかない。左様なところか、あれだけ様々な品を買うておればな」


「内匠頭殿の一存で久遠の荷が止まるのは知られておりましょうな。駿河、遠江の裁定を知らぬはずもない。その奥方の決定に異を唱えたくなどなかろう。叡山が荷留などされたなどとなれば前代未聞。ほぼこちらの言い分を聞いてくれましょう」


 千秋さんと堀田さんは、比叡山と全面戦争になりそうもないと思っているみたいだ。まあ、オレたちも同じ見方をしているけど。


 近江商人を介した比叡山との商いは盛況だ。ほんとお金があるのは寺社なんだよね。商いの主導権もこちらが握り、言い値でも遠慮しないで買っていく。


 それはいいんだけどさ。千秋さんの発言を聞いていると、オレが魔王にでもなった気分になる。まあ、天下の比叡山に個人で荷留するなんてオレしか出来ないのも事実だけど。


 駿河と遠江ではウチ独自で商い停止にしたからなぁ。信賞必罰の視点からも必要だったんだけどね。オレの発言権と影響力を知られた。


「現状で争っても利などないんですよね」


 とはいえだ。この件、もうオレの意思だけでは済まない。義輝さんの政権と近江御所造営すら絡む。こちらが強硬姿勢に出ると、比叡山としても引き下がれないからな。


 三国同盟と義輝さんの政権運営にまで影響する。ふたりもそれを理解しているから、緊張感とプレッシャーがあるのを感じる。


 なにはともあれ、向こうの出方を分析しつつ、落としどころを探らないとダメか。信秀さんと義統さんとも話して観音寺城にも知らせる必要がある。


 ひとつ間違うと畿内を巻き込んだ大乱になるだろうが、今はその時期じゃない。




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