第1949話・変わりつつある大評定
side:久遠一馬
新年会の翌日は大評定となる。この日は昨日とは違い、新年最初の仕事ということで皆さんが直垂を身に纏い緊張感がある。
公私の区別というわけではないけど、宴と仕事の区別を付けようということらしい。
今年の大評定だが、まず新しい試みとして、全員に今日の議題と内容が書かれた紙が配られる。通常の評定ではすでに必要なことは書面で配り、紙を見ながら話し合いをしていて、その流れを受けたものだ。
大評定自体、何度かやっているけど、毎回、終わったあとに内容を教えてほしいと文官に聞きに行く人が後を絶たない。別途、説明会をしているんだけど、それに出ないで後で密かに教えてほしいなんて人も結構いて、二度手間三度手間になっていた。
定例の評定では、とっくの昔に書類を用いた議論が当たり前になっていたんだけどね。今回、大評定でも導入することになったんだ。
説明する側も資料を見つつ、黒板も使って話をする。あと聞く人がメモを取ることも認める。携帯用の筆とかこの時代でもあるしさ。作法とか席次とかよりもちゃんと話を聞いてほしいんだ。ほんとに。
内容としては、今年は目玉となるような新しい政策や部署創設はないものの、各領国からの報告は多い。
ちなみに大評定では、今年から土務総奉行配下における予算と使い道を限定開示する。主に賦役の予算と状況、結果などを数字で説明するんだ。
これには投資とその結果を投資者に開示する意味もあり、家中の外、主に領内の寺社や商人から他国に漏れることも想定した動きになる。
当然ながら税収総額は非公開だし、斯波家と織田家の収入、軍事と外務と機密費なども収支ともに公開しない。
それでも予算と使い道。これをみんなで考えようという新しい試みだ。
「であるからして……、この賦役における一日あたり費用は……」
説明するのは土務総奉行配下の人たちだ。こちらは少し緊張気味だね。昨年末から何度も説明の練習をしていたと聞いている。
なお、当然ながら土務の予算には保守点検も含まれている。日常的に行われる保守点検と補修。これらも予算は相応にかかる。金額の桁の多さに驚く人たちも多い。
中には点検くらい関係者や領民にやらせろという人もいるんだけどね。基本的にタダ働きは駄目だと言ってある。税はきちんとお金か現物で納入させて、働くのは対価がある形が望ましい。
税としての労働、本来の賦役としてやらせるという案もないわけではないが、安全や保守管理に手を抜いて先行きがいいわけがないしね。
さて、普段評定に参加しない人たちだが、様子を見ていると様々だ。紙を手に聞き、時折メモをしている者から、ただ黙って座って話半分で信秀さんや義統さんの顔色を窺うような者まで。
中にはメモをしなくても覚えられる人もいるから一概に言えないけどね。日頃の仕事の査定と大評定での態度は、今後の配置転換の参考にさせてもらう。今日も一部の文官がどういう態度かチェックしているんだ。
メンバーは様々だが、エルとメルティや、他には京極高吉さんや武田信虎さんや今川氏真さんが担当している。当主以外でこの場にいてもいい身分であり、多くの人の顔と態度などを覚えられる人材ということで選んだらしい。
記憶力って単純にいい人と悪い人がいるけど、歴史に名を残す人は相応に記憶力もいい傾向があるのかもしれない。
今の織田家では名門や血縁が良くてそこそこ有能な人よりも、粗削りでもやる気がある人が求められているからなぁ。
統治法も従来のものと違い、価値観も変わりつつある。後から臣従をして祖先の血筋や偉業で地位や役職を求めても仕事をこなせないんだ。周りがフォローする必要が増えるとか大変なことになるから望まれなくなりつつある。
国人単位の名門っていくらでもいるんだけどね。そっちが余りそうな流れなんだ。
中間役職は、ほどほどの家柄と能力主義が混じっているからね。家柄があるほうが出世しやすいが、部署によっては能力でも抜擢される。
実は職場における教育指導。この形がだいぶ整ったんだ。主にセレスの手柄になる。彼女が担当する警備兵は農民出身者も多く、読み書きから教えないと駄目なほどだった。そんな状況から人材を育てていたことで織田家中では真似るようになった。
まあ、おかげで
織田家では、積極的に新しいことを覚えようとする者たちには時間をかけて指導していくことを好む。反面でそれなりに仕事が出来るものの、血縁や面目と騒ぐような者は望まれない。
今のところは信康さんなどがその手の人材を上手く使っているからいいものの、働き場の選択肢が狭まりつつあるのが現状だ。
ただ、これウチも原因に関わるんだよね。オレが猶子とした子たちを頼まれて貸し出すんだけど、元孤児に頭を下げるのが嫌だとか、自分より重用されるのが面白くないって思う人も相応にいるんだ。
表沙汰にすると信秀さんの怒りを買うことを察して誰も口には出さないけどね。
ウチの子たちはそういう雰囲気を敏感に察して、オレたちに報告してくれるからさ。こっちとしては上手くいかないなら貸し出すのを止めるって相手方に言うこともある。不快な思いをさせて申し訳ないと平謝りされるけど。最終的に叱りつけても駄目で配置転換されて追い出された人もいたらしい。
ウチの子たちと僧侶は、今の清洲城では楷書体できちんと清書出来るために欠かせない人材だからね。
ああ、僧侶。彼らとウチの子たちは関係が良好らしい。もともと世の中が見えて織田家に従順な人たちだし、知識層だからウチの子たちの価値を理解している。
不思議と清洲城の中だと宗派間の派閥も対立もない。ウチの子たちに至っては、古い知恵や些細な問題が起きた時の対応法など、生きる知恵を教えてもらっているくらいだ。
皆さん、血筋や名門の看板で仕事が片付くなら大歓迎なんだろうけどね。どっちかというと要らない仕事増えるから。
無論、守護家と足利一門は別格だけど。あとは領国単位で名門として名を馳せて守護にも従わないような人たちは、没落候補筆頭になっている。
「気付く人は気付いているみたいだね」
大評定の説明。真剣に聞いている人が多い。この場で評価されているとは思わなくても、やる気がないと直臣でも仕事がないのは周知の事実だからな。
家禄があるから仕事しなくてもそこまで生活に困らないけど。家禄に見合う仕事をしないと無駄飯ぐらいと陰で馬鹿にされるからね。
我先にと変わる人が増えている現状で、置いていかれまいと皆さん必死なんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます