第1948話・楽しい新年会の中で

Side:久遠一馬

                         

 今日は清洲城での新年会だ。義統さんを上座に信秀さんと直臣が揃うが、今回はゲストというか他家の者もいる。


 北信濃の国人衆の使者だ。信濃守護でもある義統さんに挨拶をするために清洲に滞在している人たちで、新年会に招くことにしたらしい。


 大変そうだなというのが印象だ。ちょっとしたことが原因で争いになるしね。彼らの場合は経済的にもこちらが主導権を握っていることで、ご機嫌伺いをして斯波家を立てておかないと怖いのだろう。


 個人的にはもう少し法治に近い形にして、個人の意思や些細な争いから滅ぶことなどはないようにしたいけど。今はまだ難しいね。


 有史以来積み重なっている歴史の歪みを解決しない限りは、やったもの勝ち、先に偉くなった者が得をするような形が残ってしまう。オレたちも決して正しい訳でもないけど、権威や力ある人たちには責任をきちんととってほしい。


「料理は豪華だね」


 新年会の料理、今年は織田家の料理番が作っている。エルたちに教わりつつ頑張っているからね。ウチの負担が減っている。


 最初に目に付いたのは奥羽領の数の子だろうか。なるべく領内とウチの持ち込んでいる食材で作ったのだろうなと察する。


 数の子なんかは尾張に結構な量が入ってきているけど、それでもまだ知らない人もいるしね。こういう機会に同じ織田領を知り、上手くいくようにと考えてくれたのかもしれない。


 メニューと作法、織田家主催のものに関しては畿内とは別ものと言ってもいい。上皇陛下が滞在した年は配慮をしたけどね。それ以外ではウチの料理が加わったことや十年の積み重ね、義統さんや信秀さんの意向で変わった部分がある。


 あと新年会の服装も直垂ひたたれなどではなく、平時と同じでいいのではないかとの意見があり肩衣になった。


 この辺りはオレたちが関与したことじゃない。尾張は尾張らしくするべきだという価値観が根付いている。婚礼などではすでに畿内と形も違うしね。それらが日常にまで及んだということだろう。


 まあ、作法に関しては、院の元蔵人と譲位外しの影響が大きい。元蔵人が原理原則を一方的に強要して上から申し付けたことを皆さんが経験したことが根深くある。


 皆さん大人なので口には出さないけど、朝廷、寺社、畿内。ここらに対していい印象がどんどんなくなっている。


 なんであいつらと同じことをしないといけないんだと思う人が割といる。代わりになる権威や力がないと変えようもないけど、尾張だと斯波家と織田家の権威と力で自由に出来るからだろう。


 ウチが試行錯誤とか疑問をみんなで考えようと広めたこともあって、自分たちで納得のいく形を作ろうという動きは結構あるんだ。


「ささ、内匠頭殿も一献」


「ありがとうございます」


 周囲の様子を見つつ料理を楽しんでいると、道三さんがお酒を注ぎにきてくれた。作法の変化はこういうところにもある。


 新年会はお膳に料理とお酒が出されていることもあり、身分や立場を気にしないであちこちに動いて飲んでいる人もいるんだ。作法よりも楽しめるようにしてはどうか。そんな考えが根底にある。


 シンディが教えている尾張流の作法が無形であることも影響していると思うけどね。


「領内はなんとか落ち着きましたな」


「ええ、山城守殿のおかげでもありますよ」


 道三さん、かつては蝮なんて呼ばれていたが、今では仏の弾正忠により改心した白蛇だなんて噂がある。誰かが冗談で言ったことが広まったんだと思うけど。


 美濃斎藤家が準織田一族として、家中の重しとなっている意味は大きいんだよね。かつては敵国だった美濃だが、すでに尾張と一体化が進んでいて二度と争うことはないだろう。


 尾張・美濃・西三河。そこの地域が織田領内の先進地として安定して発展している意味は果てしなく大きい。


「次の十年くらいは勤めを果たしたいと思うての」


 次の十年か。やはり気付いているね。この先も難題が山積みだと。


 なるべく穏便に進むといいけどねぇ。




Side:織田信秀


 賑やかな宴を眺めつつ、静かに酒を飲む。


 年を追うごとに新参者が増える。本音を言えば要らぬのだがな。


 日ノ本を統べる。世を変える。その言葉のみならば甘美に聞こえるが。いかにするべきか、今でもよう分からぬことばかりだ。


 特に、愚か者、血縁や権威があり世を乱す者を生かすべきなのか。未だに答えが出てこぬ。


 平氏も源氏も、鎌倉で執権をしていた前北条家も滅ぼされた。朝廷と寺社だけ特別だというのか? 滅ぶのは武士だけでよいというのか? かの者らと古き書を知れば知るほど、許してはならぬのではないかと思うことが多い。


 一馬らと共におると、気にも留めぬことを考え直す機会が増えたからな。


「大殿、一献いかがでございますか」


「うむ、よい新年を迎えたな」


「はっ、左様でございますな」


 佐久間大学が酒を注ぎに来た。わしがひとりで飲んでおるのを気にしたか。


 良い顔をしておる。苦労が多いはずが、己の役目と皆の明日に光を見出しておる顔だ。


 いつの間にか、今日より明日が良くなると皆が信じておる。故に、わしは懸念を表に出せぬ。常に強くあり、何事にも動じぬ姿を示しておるのが役目なのだ。


「戦をしておった頃が懐かしくはないか?」


 大学は元より戦の出来る男。されど、筆頭家老となって以降、戦に出ることが出来ぬ役目になっておる。いかに思うのか、聞いてみたくなった。


「懐かしくもあり、戻りたいと思うところもありまするな。大殿と戦場を駆けるのは楽しゅうございました。されど、戦で御家と皆の安泰は得られませぬ」


「であるか」


 五郎左衛門の隠居後、いかになるかと案じておったのだがな。武辺者と言うても差し支えない男が、ここまで変わるとは。


「なにかを得れば、なにかを失う。それは致し方ないことかと」


 少し、わしの心の迷いを見抜かれたか? まあ、大学なら構わぬか。


 我らと他国はあまりに変わり過ぎた。朝廷への献上は止めるべきだという献策など見飽きたほど幾度もある。それは寺社の者が目安箱に入れることさえあるからな。


 変わり続けることを望み、奪われることを懸念する者が日を追うごとに増えておる。今は守護様とわしと一馬らがおるからよいが、いずれ止められなくなるのかもしれぬな。


 面倒なことだ。いっそ兵を挙げてすべて滅ぼしたほうがよいのではと思うのは、わしもまだまだ未熟だからか?


 なにを次の世に残すべきか。一から考えるというのは難しいわ。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る