第1946話・正月の朝に

Side:猶子の娘


 もうすぐ夜が明ける頃、私は起きます。


 温かく柔らかい布団から出るのが少し辛いけど、那古野のお屋敷で新年を迎える際に猶子のみんなで決めた朝ご飯を作る当番です。


「あら、早いわね。おはよう」


「はい、おはようございます!」


 一番だと思ったのに、すでにセルフィーユ様が起きておられました。なんたる不覚、先に起きて竈の火をおこしておきたかったのに。


 私はさっそく手を洗い、お湯を沸かしてお豆腐を使った料理を作る支度をします。


「お梅殿の料理は評判がいいのよね」


「私なんてまだまだでございます」


 突然、セルフィーユ様に褒められて戸惑ってしまいました。


 私は同じ孤児院で共に育った五郎殿と所帯を持ち、孤児院にて働いております。役目は主に日々の料理を作ることです。孤児院の子たちの日々の食事から、八屋や日輪堂に納める菓子を作ることなどもしています。


 ただ、清洲のお城で大きな宴などがある時は、お方様がたの供として参り働くこともあります。あまりに畏れ多く戸惑うこともありますが、皆が美味しいと言うてくれるのがなにより嬉しいお役目です。


「清洲城の料理番からは、数日に一度でもいいので来てほしいって話もあったんだけど……。牧場も忙しいのよね。リリーとプリシアからもいないと困るって言われているから、私のほうで断っておいたけど」


 私などを求めてくださるだけで、涙が出るほど嬉しゅうございます。


 あの日、流行り風邪で苦しんでいる最中、実の親に出て行けと言われたことを思うと。これほどありがたいことはないと思えます。


「申し訳ございません」


「謝ることじゃないわよ。お梅殿はウチの料理を作れる数少ない料理人だから、欲しいところはいくらでもあるわ。でも、ウチとしてもいないと困るから」


 あれから十年以上の年月が過ぎ、孤児院には新しい子たちも増えました。私たちはその子たちのためにも懸命に働いて生きる場を作らないといけない。我が子のように育ててくれた殿やお袋様のように。


「あれ、あの子は……」


 朝ご飯の支度を終えると、まだ寝ているはずの我が子を起こしにきましたがいません。


「ああ、殿が散歩に行くからって連れていってくださったよ」


 厠かと探してもおらず、同じ猶子の留吉に聞いて安堵しました。


 実の子と同じように目を掛けていただき、猶子とした私たちの子だから孫だとさえ言ってくださるのです。


 返せぬほどの恩がある。ただ、それは言ってはいけないこと。殿とお方様がたは私たちを我が子のように思ってくださっており、恩などと他人行儀なことを言えば悲しまれます。


 だから……、私たちは殿とお方様がたに孝行しなくてはなりません。




Side:久遠一馬


 妻や子供たちとの一緒の時間はいいもんだね。年始は完全休養としてゆっくり出来ている。


 年明けて三日と四日は那古野神社に初詣に行って、屋敷でのんびりしていた。


 猶子の子たちが、オレたちに親孝行しようとあれこれと世話を焼いてくれるんだ。それが本当に嬉しくってさ。


 孤児院を作り子供たちを育てると決めて以降、一緒に牧場の仕事をしたり遊んだりとたくさんの思い出を作った。少しでも肉親の情を感じてほしくて。


 身分社会ということもあって、人前で父とは呼んでくれないけどね。


 でもさ。年始ということで一緒にお酒を飲んで、そんな思い出を語ってくれると嬉しくて涙が出そうになるんだ。


 多くを望まない。オレが信秀さんや土田御前に感じているように、親と思えるくらいの情を僅かでも感じてくれればそれでいい。


「おいちい!」


「うん、おいし!」


 今日はいかのぼり大会だ。そんな朝ご飯には豆腐の味噌汁があるが、これがまた子供たちが騒ぐほど絶品だ。


「お梅殿が作ったのよ」


「ああ、やっぱりか。ウチの子で一番料理上手だからなぁ」


 つい褒めると本人が照れちゃって困った顔をしている。


 作ったのは猶子の子だ。何年もエルやリリーやセルフィーユに料理を教わっていることもあって、経験もそれなりにある。


 結婚していて子供もいるお母さんなんだけどね。織田家の料理番の間で実力を評価されている子だ。


 まだ幼かった頃から、一生懸命に働こうとしていたのを今でも覚えている。捨てられた記憶がある子は、二度と捨てられないようにという思いが強いんだ。


 なるべく安心して暮らせる環境を整えてあげたんだけどね。頑張り屋さんなところは変わらなかったな。


 さて、朝食を食べ終えると、いかのぼり大会を見物するために清洲に行く。


 あんまり歩けないお年寄りと幼い子は馬車で、それ以外のオレたちは歩いていく。馬車も今ではそれなりにあるけどね。ウチは人数が多いからどうしても全員で移動するには馬車が足りないんだ。


 オレたちは人数が多いので、こうして歩いて移動することも珍しくない。織田家中の皆さんからは、清洲にも屋敷を構えてはどうかと言われることもあるけどね。必要な時は清洲城に泊まれるから、そこまで必要でもない。


「ちーち、あれ!」


「おっきい!」


 子供たちは楽しげだ。同じように那古野から清洲で行われる、いかのぼり大会に行く人たちがいるからだ。様々な形と絵柄のいかのぼりを持って歩いている人を見るだけでもお祭りの雰囲気があっていいもんだね。


 尾張にいると、本当に戦国時代だということを忘れそうになる。


 旅人とか牢人とか気を許してはいけない人はいるが、それも姿格好から見て分かるくらいに違いがあるので、子供たちでも外で遊べるくらいに治安は良くなっている。


 奥羽では寺社との対立が問題化しているけど、尾張だと相変わらずお坊さんが地域の中核として領国を支えているんだ。


 治安維持という側面から見ても彼らの貢献度は大きい。治安維持は寺社の仕事ではないので報酬を出しているわけではないんだけどね。


 その上、怪しい余所者がいると警備兵に知らせてくれるし、同時に地域住民に対して怪しい余所者に気を付けるようにと注意喚起もしている。あと地域の情報もいろいろと知らせてくれる。


 尾張という国をみんなで良くする。そういう価値観はこの十年で本当に広まった。


 寺社の懸案事項である宗派間の対立も、尾張だと表立って存在しないほどだ。これは宗派間の対立から、織田領以外の寺社と領内の寺社という対立に移行しているという事情もあるけど。


 共通の利益、公共の利益と言い換えてもいいけど。今の尾張の治世を守りたいという人は寺社の関係者にも多い。


 まあ、おかげで奥羽に派遣する宗教関係者は人数が集まりそうだけど。最終的にどうするかはともかく、織田家として寺社の者を領国に派遣することは今後既定路線となりそうな感じだ。


 ほんと、政教分離と正反対を行っているけどね。葬式を挙げたりするにも宗教関係者は必要だし、織田家の立場から現地の寺社と交渉する場にも、宗教関係者がいると交渉がやりやすいという報告があるんだ。


 今までも坊主と神職は僅かに派遣していたんだけどね。足りないことが奥羽で判明したので増員することになる。


 これに関しては尾張の寺社が長年積み重ねて得た信頼による働き場だしね。現時点では喜ぶべきことだろう。



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