第1945話・ふるいの中で

Side:奥羽の寺社の者A


 年を越してしまったか。我らは蜂起も強訴もしておらぬというのに、愚か者どもと同じ扱いをされることだけは許せぬ。


 所詮は蛮族のすることだな。斯波に取り入り、神仏を奉じる我らを愚弄するとは。世も末だ。


 本山に使者を出したが、あちらはいかがなったのか。あやつらを潰さねば仏法の危機ぞ。


「般若湯はいかがした! もっと持ってこい!」


「己はまた朝から飲んでおるのか! お勤めも果たさず、朝から晩まで……」


「控えよ、下郎が! わしとそなたで身分が違うのだぞ!」


 ふん、愚かな下郎風情が増長しおって。元よりこの寺はわしの家が代々寄進して守っておるところ。わしの好きにしてよいと決まっておるのだ。


「ならば、その身分で今の苦境をなんとかしてみろ! 既にそなたの実家とて、使者を出しても門前払いぞ。そなたは捨てられたのだ!」


「政も知らぬ下郎が! 兄上がそなたら如き相手にするはずもないわ!」


 ふん、覚悟もなく、なにも出来ぬ下郎は大人しく従っておればよいのだ。一時の勢いで増長する輩など、必ず落ちる時がくる。されど、寺社は不変なのだ。なにより寺社こそ神仏の名代と言えるのだからな。


 それまで待てばよい。三戸の殿も兄上も必ず立つ時が来る。必ずな。




Side:奥羽の寺社の者B


 朝から晩まで酒に溺れ、己を神仏と同等に崇めよというような、あの男をいかにかせねばこの寺は終わりだ。


 嘘かまことか知らぬが、あの男の血筋を辿ると南部一族の端に繋がると言われるところ。下手なことを出来ぬ故、長年耐えてきた。


 家はそこらにおるのと変わらぬ土豪なのだがな。


「引き取らぬと言われた。ただ、始末してもよいと許しは得た。誓紙は交わせぬが、なにがあろうと兵は差し向けぬと確と明言された」


 年始ということで、斯波が来るまでこの地を治めておるお方に挨拶に出向いた際に、あの者の所業を伝えて引き取ってほしいと嘆願に出向いたのだが、思わぬ返事に驚き言葉が出てこぬ。


「まことか?」


「謀ではなかろう。八戸の代官殿が厳しいそうだ。あれの所業が伝わると連座もありうると一族が騒いでおるとか。こちらで始末するなら、今後も菩提寺として遇してくれるとのこと」


 己が一族の始末くらい己らでやればいいものを。浅利の顚末を恐れたか。尾張の武衛様は家中で争う者を毛嫌いしておるとか。浅利はかろうじて家は残せたが、主立った者は二度と日ノ本に戻れぬこの世の果てに追放されたからな。


「やるしかないか。この始末を付けねば斯波の前に我らが本山に潰されかねぬ。騒ぎを起こす愚か者を庇うはずもあるまい」


 そうと決まれば、あやつに従う者を除き、皆で武器を手にあやつのところに向かう。


「酒はまだ……、おっおのれら! なっなんのつもりだ!!」


 物々しい我らの様子に愚か者は騒ぎ、近くにおいてある刀に手をかけた。


 されど、答える者はおらぬ。皆で一気に槍を突き刺し始末する。


「許さ……ぬぞ。兄上が……かならずや……」


 最後の最後まで己が所業を理解せぬとは。これが神仏に仕える者か?


 しかも、その兄に捨てられたのだとまだ気づいておらぬとは、この愚か者が。津軽南郡では勝手をした土豪がまとめて討たれた。あの辺りを差配していた石川様の前で斯波方の者らが情け容赦なく討ち取ったのだ。


 以来、土豪も国人も誰も動かぬというのに。


「正月早々に生臭なことになったな」


「致し方あるまい。我らとて生きねばならぬ」


 悪鬼羅刹のような顔で息絶えた愚か者を見て思う。斯波方が寺社を信じぬというのも分かるなと。


 神仏へ祈るわけでもなく、血筋と俗世の権威を寺社に持ち込み堕落させておる者が、今の寺社を牛耳っておるのだからな。


 わしが代官殿でも信じぬであろう。わずかばかりの配慮をしてもな。


 血で穢れた宿坊を皆で片付け、世の無常を嘆く。


 討つべきは誰なのか。代官殿も悩んだのだろうと思いながら。




Side:奥羽の寺社の者C


 年も越せぬと思うておったが、助けはあちこちからあった。近隣の武士や村の者だ。僅かばかりの寺領の者も含めて年を越せるだけの助けを頂いた。


「この御恩は忘れませぬ。されど、よろしいのでございましょうか? 八戸のお代官様に知れたら……」


 一揆を起こした寺を助けた者らが罰を受けたという話はすでに知られておる。それ故、助けの手を差し伸べてくれた者らを案じてしまうのだ。


「菩提寺などを助けることは禁じられておらぬ。無論、助けたところが、その助けを以て御家に仇成せば罰を受けるであろうがな」


 新年の挨拶と称して御礼に参上したが、そういう仔細であったか。助けを与える故、おかしなことをするな。そういうことであろう。代々の義理もある。悩まれたのであろうなと察する。


「はっ、確と承りましてございます」


「塩や米、雑穀。いずこも余っておらぬ。御家では飢饉に備えて蓄えておるからな。それをそなたの寺に分けるだけ手に入ったのは、お方様がたの配慮があったのだ。面目を潰せばいかになるか。分かるな?」


 それは初耳だぞ。一切話を聞かぬと門前払いしておるというのに。


「思うところがあるのは皆同じ。お方様がたも尾張の御屋形様もな。安易に許してしまえば、寺社は増長する。そなたに言うことではないがな。争いの芽は摘まねばならぬ。それも政なのだ」


「畏まりましてございます」


 武士も様々、寺社も様々か。いかなるわけか助けが入った寺社と入らなんだ寺社がある。我らのように助けが入ったところは安堵しておるが、入らぬところは激怒しておるとも聞く。


「今しばらく耐えて、真面目に務めを果たせ。わしも聞いたわけではないが、愚か者をあぶり出しておるように思える。尾張とて寺社はあるのだ。潰えることはあるまい」


 確かに八戸のお代官様は、領内のあらゆる品の値と量をお決めになっておられるはず。兵糧攻めのように寺に品が渡らぬようにすることなど朝飯前か。


「目に余る者が多いのは事実でございます。般若湯と称して酒を飲み、禁じられたはずの妻子がいるなど珍しくございませぬ故……」


「かの者らにも言い分はあろうがな。覚悟がないならば動かぬべきだ。尾張から来ておる者によれば、これ以上騒ぐならば尾張と蝦夷から大軍が来てもおかしゅうないとか。畿内の本山に使者を出したところもあるようだが、あちらは尾張との商いで親しいとも聞いた。果たしてこの地の寺のためにいずこまで動くのやら」


 おっしゃることはごもっともだな。誰ぞが強訴だと騒がねば、おそらく今頃はそれなりに話がまとまっておったはず。


 話をしておる最中にかようなことをして、許す武士がおるはずもない。


 斯波の名を使うておるものの、得体の知れぬ女が代官だと侮った者が多いのであろうな。嘆かわしいことだ。




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