第1943話・それぞれの正月

Side:山の村の長老


 皆が揃うのは久方ぶりじゃ。賑わい笑い声が絶えぬ村に涙が出そうになる。


 ここも変わった。領内ばかりか近江や南伊勢にもお役目で出向く者が増えたことで、村には新しく御家の者が住んでおる。


 山の仕事や養蚕など、この地で試しておることは今も続けておるからの。村を探ろうとする者から守るためにも人手が要るのは変わらぬ。


「この酒、美味いなぁ」


「果実酒という本領の酒じゃからの」


 殿からは今も、京の都の公卿ですら食えぬものが届く。年の瀬には皆で年始を祝うようにと酒や食材が山のように届いた。


 昔、我ら如きにかような品は分不相応であると進言したこともある。殿は困った顔をされて、相応しい働きをしているから与えるのだと仰っておられた。


 あの時のわしにはよう分からなんだことじゃ。されど、今なら僅かに分かる。村の者が教えておる知恵と技で山に暮らす者を食えるようにし、子や孫の世に木々を残す。それは決して軽うないお役目なのかもしれぬの。


「そうだ。長老の故郷、あそこも変わりつつあるぞ。六角様が尾張に倣い変えておるからな」


 皆が嬉しそうにお役目のことを話すのを聞いておると、ひとりの者が予期せぬことを話し始めた。


「そうか……」


 もう十年も昔に捨てた地じゃ。されど、話を聞くと父や母、祖父母などの顔が浮かぶ。


「墓もまだあった。寺の者には頼んでおいたから案ずるな」


「すまぬの」


 すっと流れる涙が止まらなんだ。


 生まれ育った地を捨てたことへの申し訳なさ、十年の月日が過ぎたというのに墓を残しておいてくれた故郷の者と、わざわざ訪ねて様子を見て来てくれたこやつへの感謝で言葉が出ぬ。


 残ってもわしでは生きておれなんだはずじゃ。それ故、故郷を捨てた。分かってはおるが……。


「ハハハ、長老も涙もろくなったな。歳か?」


「年寄り扱いするでない。わしはまだまだ生きるぞ。御家に恩を返すまで死なぬ!」


 皆、生まれ故郷は違う。甲賀を捨てて御家にすがった者らじゃ。唯一、御家への忠義だけは皆にあったが。


 それが、今では同じ村の者として助け合い生きておる。


 皆をまとめる。わしはお役目をわずかでも果たせたであろうか?




Side:飛騨の領民


 命じられるままに故郷を離れたあの日を今でも忘れられねえ。


 お山が火を噴いたんだ。白い灰が降ると、田畑で作物が育たなくなり飢える。仕方ないことだと教わったし、おらもそう思っていた。


 飢えるよりはと命じられるままに村を離れて美濃に行った。なにをさせられるんだと恐れていた奴も多かったな。


 おらたちはあれから、あちこちで賦役と称している仕事をして生きてきた。苦労もあったが、飢えるよりはいい。


 それでも故郷の村がいかがなったのか。それだけはずっと気になっていた。


 昨年、お山が落ち着いたとのことで村に戻ることを許された。ただ、戻ってみると村は草木が生い茂るばかりの地だった。


 もう一度田畑を使えるようにするには、山を切り開いて一から耕すくらいの苦労がある。それでもおらは村に戻ったし、家族も喜んでくれた。


「おっ父、あったかいね!」


 囲炉裏にあたる倅に笑みがこぼれる。


 賦役で貯めた蓄えは多少あったが、冬を越しても田畑が使えねえと飢えるしかねえ。途方に暮れていたところで織田様から助けがあった。


 織田様の命に従うことを条件として、食い物を与えてくださり仕事も宛がわれた。木工や美濃で教わった機織りなどだ。


 木工は作る品と寸法を細かく決められており難しいが、昔からこの辺りじゃ木工をしていたこともあって出来ないことじゃねえ。


「おっ母、なにそれ!」


 囲炉裏で暖まっていると、おっ母が飯の支度を始めた。


「うふふ、今日は正月だからね。餅と魚があるよ」


 どちらも贅沢な品だ。山間で雪深く冬場は耐えるしかないこの地では、お山が火を噴く前でも手が出せなんだものになる。


 それが昨年は、おらたちが戻ったばかりの村にまで商人が売りに来てくれたんだ。おらたちが買える値でな。売値は織田様がお決めになられていると商人が教えてくれた。


 真面目に働けば、正月くらいは酒を飲み、餅や魚が食えるようにと差配されておられるんだとか。おらは酒を我慢して、その分、餅と魚を買った。


 皆で腹いっぱい食いたくてな。


 囲炉裏で魚を焼くと、なんとも言えねえほどいい匂いがする。


 餅は織田様の命で育てているもやしと、秋に採って干したきのこを入れた鍋で煮るんだ。程よく煮えてくると味噌を入れる。


 倅は待ちきれねえと言わんばかりに騒ぐが、それもまたいいもんだ。


「織田様に感謝して腹いっぱい食え」


「うん!」


 汁椀に盛った餅入りの汁を、倅は熱いのを忘れたように口を付ける。


「火傷するわよ」


「あちち! でも美味しいや」


 美濃の賦役で食う飯は美味かったなぁ。飛騨に戻って以降、あのありがたみを痛感している。いろんなものが入っていたし、腹いっぱい食えた。


 でも、おっ母の作った餅が入った汁も美味い。


 おっと、焼いた魚もあるんだったな。織田様のおかげで小さないわしの干物ならおらたちも食えるが、今日のはそれなりの大きさの干物だ。これは飛騨だとなかなか食えねえ。


 ああ、肉厚な身と塩加減がいい。程よい魚の脂もたまらねえな。


 なんに使うのか分からねえが、命じられた木工の品を春までたくさん作らねえとな。オラたちに出来るのはそのくらいだから……。




Side:奥羽の領民


 村を治めるお方が南部様から斯波様に代わって、一年以上が過ぎた。


 いずこのお方が治めても村の暮らしが変わるわけじゃねえ。多少の義理があり村を守ってくださるお方に従うだけだ。


 そう思うておった。


 一昨年、南部様が戦に大敗して斯波様に降って以降、いくつも新しいことを命じられた。


 米や雑穀などはすべて斯波様の許しを得た商人に売ることや、勝手に関所を設けて銭を取るのを禁じることなど、あと一番変わったのは賦役に呼ばれることか。


 賦役と言うても飯が出る。それを目当てに村の者が皆で行った。


 おらたちは喜んだが、お寺様は困ったらしい。


 斯波様は領内と寺社は別であるという古くからの理に従い、寺社の領地に住む者を賦役に加えることをお認めにならなかったからだ。


 さらに商いにおいても新しいやり方となり、おらたちの村なんかは雑穀や塩の値を下げてくだされたが、お寺様は先の理由から今までと変わらずとされた。


 塩は特に値が下がったが、お寺様は上がったところが多いと聞いた。遠方から運ぶことでどうしても値が高くなるんだと商人は言うていたな。


 不満だったお寺様は、神仏を愚弄する斯波は許せぬと一揆を企てたが、すべて討たれてしまった。


 そんなことがあって、村ではいつからか坊主の言うことを聞くと斯波様に罰を受けると言われるようになり、近くの寺にもあまり行かなくなった。


 お寺様でさえも守ってくだされない神仏に祈っても、おらたちを守ってくださると思えないしなぁ。


 出来れば葬式はお寺様に頼んで経を上げてやりたいが、村で埋葬をしていて困るほどでもない。勝手にお寺様に従うと賦役に出られなくなるって聞くし。


 あそこのお寺様は、昔から頼んでもないのに祈禱をしたとか経を唱えたから銭と寄進しろと持っていくからな。斯波様のこともあって、ここしばらく行っていないが、このままでも困らないなというのを実感した。


 まあ、おらたちの村は悪うない正月だ。お寺様のことはいかようでもいい。



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