第1942話・久遠家の正月

Side:久遠一馬


 恒例となっている孤児院のみんなとの正月だ。


 孤児院の子たちがオレたちと一緒に過ごすのを楽しみにしてくれていたらしく、合唱とか人形劇とか披露したいと、ずっと練習してくれていたのを見聞きして楽しんでいる。


 歌も人形劇も普通に上手いんだよね。こういう言い方をすると駄目かもしれないけど、能とか高尚な芸能は合わないし。


 人形劇に関しては、実は自分たちでお話も考えてくれている。紙芝居・人形劇をよく見ることや、簡単な書物や絵本を読んでいる経験もあるんだろう。そこから学んで自分たちで人形劇をやるんだ。


 子供たちの発想と価値観を知ることが出来るし、娯楽が少ない時代だけに貴重な楽しみのひとつだ。


 合唱に関しては織田家中での評判も良く、頼まれて披露しに行くことすらある。当然、謝礼をもらうので、この子たちは自力で稼いでいるんだ。依頼相手は武家とか寺社なので謝礼も悪くない。


 ちなみに子供たちの誕生日を祝う宴とか、孤児院の子たちと一緒に宴をすることを月に一回は必ずしていて、その都度、いろいろと見せてくれている。


 おかげでかなり上達しているんだよね。


 これはほんとオレも驚いたことだ。もともとリリーが情操教育の一環としてみんなで歌うことを始めていて、そこから合唱に至ったらしいけど。


「ああ、駄目だよ。危ないからおいで」


「あーい!」


 ただ、幼い子も結構多くて大変だ。危なくないようにダルマストーブとかは木製の柵を設けているし、他にも子供たちが間違って食べてはいけないものを口に入れたりしないように、小物を置かないとか気を付けている。


 それなりに物事を理解する年齢だといいけど、ハイハイとか歩き始めたばかりの子が一番危ない。今もダルマストーブの周りにある柵に手を突っ込もうとしていた子がいたので、抱き上げてやる。


 安全策は入念に確認しているものの、きちんと危ないことは教えないとね。


「ちーち、ちーち」


「とのさま!」


 うん、分かったから。みんなの話ちゃんと聞くから、順番にお願い。オレはどこかの伝説的な盛りに盛った偉人じゃないから一度に言われても困る。


「ふぎゃあぁぁぁ! ふぎゃあぁぁぁ! ふぎゃあぁぁぁ!」


 ああ、今度は赤ちゃんか。


「よしよし、ちょっと待ってて。おしめかな?」


 うん。やっぱりおしめだ。忙しい身でもあるので、元の世界のお父さんほど育児に参加しているとは言えないけど、それでもおしめくらいは替えられる。


「ああ、殿、申し訳ございません」


「いいのいいの。ウチは、子供たちはみんなで育てるんだよ」


 泣き声に気付いた孤児院で世話をしている女性が慌てて来てくれた。オレがこういうタイプなのは知っているけど、奉公人としては相変わらず反応に困るといった感じだ。


 妻たちはもう慣れた様子だなぁ。ちなみに一番戸惑っているのは真柄さんだ。新年の厳かな雰囲気とか欠片もないからね。


 ちょっとしたり顔をした宗滴さんを見ると、ウチの正月の様子とか教えていなかったんだろう。実家は神社だしなぁ。もっと形式ばった正月を想像したみたい。


 正直、子供たち以上に妻たちが自由に生きているからなぁ。こればっかりは変わることはないだろう。




Side:朝倉宗滴


 ふふふ、子らに囲まれつつ戸惑う十郎左衛門に、思わず笑いだしそうになるわ。


 今や知らぬ者がおらぬとさえ言われる、久遠家の年始はいかな様子なのか。今や公卿から市井の民まで知りたきことのひとつであろう。


 十郎左衛門など、直垂ひたたれで来ようとしたくらいじゃ。


「驚いたであろう?」


「はっ……」


 初めて尾張で新年を迎えた時は、わしも驚かされたの。無論、料理や酒も他国では見られぬものが多い。されど、内匠頭と奥方らの様子がもっとも驚くべきことが多かった。


「内匠頭殿らのあの顔。忘れるでないぞ」


 楽しげな顔じゃ。新年を迎えるのに相応しき顔をしておる。内匠頭殿らがなにを重んじておるのか。これで分かる。


 一族や家臣を日ノ本の形にて平伏させることなど、心底望んでおらぬ。いや、むしろ価値を見出しておらぬのじゃ。


 見誤ると、行く先は滅亡かもしれぬ。たとえ寺社や朝廷であってもな。人には譲れぬものがある。内匠頭殿の譲れぬものは面目などではない。


「まがらさま! ぺったん、ぺったん」


「ああ、餅か。そなたと一緒についたな。どれ食うか」


 おっと、かようなめでたい日に無粋なことを言うてしまったの。十郎左衛門に餅を持ってきた幼子に教えられる。


「まがらさまみたいに、おっきくなりたい!」


「ははは、そうだな。よく食べて良く学ぶことであろうか? 内匠頭殿や慈母殿の言うことを聞いてな」


 塚原殿と年末に少し話したが、わしが預かり牧場の子らとよく会うようになったことで、十郎左衛門の剣が少し変わったそうだ。


 武芸大会で掴みかけていた新たな極致に、たどり着けるかもしれぬと言うておったな。


 大人は子に学び、子は大人に学ぶ。もしや、それもまた久遠家が他者より先をゆく理由であろうか?


「うわぁ。雪村さま、絵が上手です」


「そうであろう? されど、もっと上手くなりたくての」


 ふと見ると、あちらでは雪村殿が絵を描いて見せておる。


 当初は留吉殿に弟子入りしようとして牧場村を訪ねた者だが、今では客分として絵や学問を子らに教えて暮らしておる。


 久遠家が自ら客分として迎えたことで、絵師ばかりか公卿まで羨んだなどと聞いたこともあるが、あの者は久遠家によく合う。


 わしと共に農作業をしつつ、子らと暮らすことを楽しんでおるのだ。以前、酒を飲んだ時には、子らといると見えぬものが見えるようだと言うておったの。


 かの者の存在もまた軽うない。東国はもとより畿内からも絵師が訪れるようになった。


 近頃では磁器に絵師が絵を入れたものが、信じられぬような値で売れておるとか。製法が久遠家の技であることで信が得られぬ者は関われぬと聞くが、それでも絵を入れた皿を作りたいと若い絵師らが尾張に集まるのだ。


 越前におる公家が言うておったな。胆を冷やしておるのは京の都の者らであろうと。久遠家の者らは求めるものをすべて尾張で作ってしまうからの。京の都が鄙の地となってしまうかもしれぬとか。


 半分は戯言であろうがの。


 内匠頭殿は他者から奪うことをせずとも生きられる。されど……、捨て子まで我が子のように可愛がる姿を見ておると、恐ろしくもなる。


 子の幸せを願う親が、盗人を捨て置くはずなどないのだ。


 育てておる子が元服する際には、すべて猶子としておるように、子らの先行きを危うくする者を決して許すまい。


 十郎左衛門はまだ理解しておるまいがな。いつか理解するはずじゃ。


 寺社や朝廷は理解しておるのであろうか? それが少し気がかりだ。



◆◆

 永禄四年、正月の久遠家の様子が真柄家に伝わっている。


 天下に名を轟かせておる久遠家の正月ということで、真柄直隆は久遠家の年始の礼法を当時仕えていた朝倉宗滴に問うたとされる。宗滴はすでに久遠家の年始を共に過ごしたことがあることから、宗滴ならば知っていると考えたようだ。


 この時宗滴は、あるがままでいいと告げており、装束も特に畏まる必要がないと教えたとある。


 直隆はその真意を理解出来ずに戸惑ったものの、実際に久遠家の年始に行くとさらに驚かされたと伝わる。


 一馬と妻たちは形式も拘らず、屋敷にいる者たちや孤児院の者たちと年始を祝い宴を楽しんでいたようである。


 形式を作らず、権威も作らない。そんな一馬たちの正月は、当時すでに親交があった直隆ですら驚いたというのが興味深い。


 権威により国をまとめていた時代に、権威を作らぬ一馬がいかに異端だったか分かるエピソードのひとつとして、このことが挙げられる。




 


 

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