第42話 木葉くんのこと、狙ってないから



「……というのが、俺の身に起こったことです」


「…………」


 いったい、どれほどの時間話していただろう。数分だったかもしれないし、一時間だったかもしれない。

 俺の話を聞いている最中、桃井さんはある程度の相づちを打ってくれただけで、俺の話を最後まで聞いてくれた。ありがたいことだ。ただ、途中から相づちすらもなくなったのが気になる。


 久野市さんも黙って聞いてはいたが。俺がうまく話せないところなどは、補完する形で話してくれた。たとえば、忍者がどんな存在なのか、とか。

 ただ、『久野市さんに命を救われた』類いの話になると、隣でドヤ顔を決め込んでいたのが気になった。


「えっと、桃井さん?」


「…………」


 桃井さんは、無言のままだ。目は開いているので、寝てはいないはずだが。

 そりゃあ、訳のわからない話だもんな……こんな反応になるのも、仕方ないというか。


 俺が話したことを纏めると、

・久野市さんは忍者であること。

・久野市さんのじいさんと俺のじいちゃんが知り合いで、その関係で久野市さんは俺を守りに来たこと。

・俺を守るその理由は、じいちゃんが残した遺産の関係によるもの。

・久野市さんが来てすぐ、俺は狙われたこと。しかもそれがクラスメイトだったこと。

・命が危ないところを、久野市さんが助けてくれたこと。


 ……といったところか。だから、なし崩し的に部屋に泊めることになった。そう、すべてを話したところで、気づけば桃井さんは固まっていた。

 目の前で手を振ってみるけど、反応はない。


「桃井さん、おーい」


「…………んはぁ!」


 何度か呼びかけると、まるで眠っていたところを叩き起こされた人のように、変な声を上げた。

 寝てないよな?


「えっと、聞いてました?」


「ええ、と……木葉くんのおじいさんが忍ちゃんのおじいさんで、遺産がクラスメイトで危ないから莫大な忍ちゃんが守る木葉くんってこと?」


 うん、聞いてはいたけど理解はしていないな。本人もなに言ってんだかよくわかってなさそうだし。

 いっぺんに話し過ぎたかもしれない。俺だって、自分の身に起きたから強制的にわからされたようなもんだし。


 だがまあ、久野市さんが俺を守る、という使命のために来たことは、わかってくれたようだ。


「この話、ええと、うそじゃ……」


「ないです」


「……だよねぇ」


 確認するようにつぶやく桃井さんは、もう氷の解けてしまったお茶を手に取り、ぐっと口の中へと流し込む。

 俺も、しゃべりすぎで喉が渇いた。お茶で、喉を潤していく。


 ほっと、場の空気が落ち着く。


「でも、これで納得はしたかな。忍ちゃんが木葉くんを、主様って呼んでいた理由」


「わかってくれましたか! 俺の趣味とかじゃないです!」


「そうなんだぁ? 主様?」


 からかうように、首を傾げて桃井さんが笑う。俺よりも年上なのに、不覚にもその仕草がかわいいと思ってしまった。

 うん、別に、主様って呼ばれていい気分になっていたりとかしてないし。別に、年の近い子にそんな呼ばれ方して、喜んでいたわけじゃないし。


 ホントだよ?


「……ごめんね」


「え?」


 ふと、桃井さんが謝る。き、急にどうしたんだ?


「仲の良かった、クラスメイトが命を狙ってきたなんて。私には、いや誰にも話せないよね」


 少し、落ち込んだように桃井さんが言う。彼女が気にしているのは、俺も気にしていたこと。

 学校で仲の良かった、火車さん。彼女が、俺の命を狙う殺し屋であった以上、いったい誰が"そう"なのか、もうわからなくなってしまった。


 だから、この話はあまり、人に話したいものではない。信頼していた人に裏切られた時、つらいから。

 もし、話した相手が、俺の命を狙う殺し屋だったら……なんて、考えたら……


「でも、信じて。私は、木葉くんのこと、狙ってないから」


「……はい、そうですよね」


「ぁ……うん」


 ……今、なんか妙な間があったような気がするが、気のせいだろうか。そして、なぜちょっと顔が赤くなっているんだ?


 なんにせよ、桃井さんは安全だと、信じたい。あんまり人を疑ってばかりでも、疲れるだけだ。

 まあ、今回話したのは致し方ない理由が合ったからだし、もうこの話を誰かにすることも、ないだろう。


「こほん。ところで、そのクラスメイトの子は、なんで忍ちゃんが来てから木葉くんの命を狙ったんだろうね?」


 咳ばらいをして、桃井さんが口を開く。それは、以前俺が疑問に感じたことでもあった。

 わざわざ久野市さんが来てから、俺を狙ったのはなぜか。彼女が来るまでの俺は、殺すのも容易だったはずだ。もちろん、そうなってほしかったわけではないが。


「そうなんですよね、それが……」


「そんなの当たり前じゃないですか。私が主様の下に来たのは、主様のお祖父様がお亡くなりになった後。そして、お祖父様が亡くなったから主様へと遺産の相続権が移動した。

 でも、お祖父様が亡くなる前に主様が死んだら、遺産の件はなくなっちゃうじゃないですか」


「あ、そっか」


 きょとんとした顔で、久野市さんが淡々と言う。感じていた疑問の答えを、あっさりと。

 言われてみれば、そうだ。じいちゃんが死んで遺産問題が発生したのに、じいちゃんが死ぬ前に俺が死んだら、諸々の問題は発生しない。


 久野市さんが来たのは、俺を遺産問題から守るため。だったら、久野市さんが来る前の遺産問題が発生していない段階では、俺が狙われる理由はないってことだ。


「ふふん、この程度のこともわからないなんて、おバカですね」


「あはは、そうだね」


「……」


 あぶねー……俺も、わからないとか言ってたら、久野市さんにおバカの仲間入りさせられていたかもしれない。

 ここは、黙っておこう。


「あれ? でも、先に木葉くんが死んじゃえば、それはそれで別の相続人が現れるだけじゃないの?」


「そういうのは殺し屋に聞いてください。

 まあ、主様が先に死んで遺産問題があやふやになってしまうよりは、遺産を相続すると確定した主様を殺す方が、確実ですからね」


「なるほど。そりゃ、遺産相続を決めるのは木葉くんのおじいさんだもんね。木葉くんが先に死んだら、遺産は誰にも相続させない、とか言っちゃうかもしれないもんね」


 ……別にいいんだけど、あんま俺のことを死ぬ死ぬ言わないでほしいなぁって。

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