第41話 部屋がきれいなのは、忍ちゃんのおかげ?



 思いもよらぬアイスクリーム事件を越え、俺たちは帰路についていた。

 ちなみに、俺が久野市さんのアイスクリームを貰ったので、その逆はどうか……なんて、一瞬考えてしまったのだが。



『ある……木葉さんの食べかけをもらうなんて、そんな恐れ多いこと、できません!』



 とのことで、久野市さんは俺のアイスクリームには手をつけず、今度は自分のアイスクリームを桃井さんに食べさせていた。

 ……自分の食べかけ。そして数秒前に、俺が口をつけてしまったアイスクリームを。


「……」


 それを思い出しているのか、帰りの桃井さんの口数は少なかった。ちらりと表情を覗くと、顔が赤かった。

 まあ、彼氏がいるとはいえ、あんなことをされては動揺もするだろう。いや、ほんと悪いことをした。怒ってないっぽいのは救いだが。


 むしろまったく動揺のない久野市さんが、異常なんだ。

 俺だけでなく桃井さんにアイスクリームを分けたのも、単純に食べさせたかったから……という理由が大きいんだろうし。


 あのあと、桃井さんは自分のアイスクリームを分けていたっけ。そのときの久野市さんの嬉しそうな表情ったら……

 あれを見てしまったから、怒るに怒れないというか。


「つ、着いたね……」


「は、はい」


「じゃあ木葉くん……荷物置いたら……」


「はい」


 若干の気まずさを覚えたまま、アパートに帰還する。なんでだろう、すげー疲れたんだが。

 それから一言二言話して、持っていた荷物を久野市さんに渡す。俺は自分の部屋へと向かう。階段を上り、そして当然のように久野市さんも着いてきて……


「忍ちゃんは、こっち」


「あぁん!」


 しかし、桃井さんに首根っこを掴まれ、引きずられるように部屋へと連行されてしまった。

 最後まで、俺の名前を呼んでいた。


 桃井さんは、自分の部屋に戻る直前、俺の顔を見た。目で、なにかを訴えるかのように。

 その意味を、俺は受け取る。わかっている……帰ったら、話すと言ったのだから。だから、部屋に荷物を置いて、桃井さんが部屋へ来るのを待つ。


 なんか、荷物を置くだけでここに来るなら、久野市さんを引っ張っていかなくても良かった気はするが。


「っと、来たな」


 しばらく待っていると、ブーッと音が鳴る。誰かがインターホンを押したのだ。

 そしてそれが誰なのかは、考えるまでもない。


 玄関まで出向き、扉を開ける。その向こうには、先ほど別れたばかりの桃井さんと、久野市さんが立っていた。


「ごめんね、お部屋にお邪魔しちゃって」


「いえ。桃井さんの部屋ってわけにもいかないですし」


 二人を、部屋に招き入れる。普段から部屋をきれいにしている……とは残念ながら言い難い俺の部屋ではあるが。今はきれいに片づけている。

 二人が来るまでの少しの時間で片づけた、というのももちろんあるが、その前から片付いていた。それも、久野市さんのおかげだ。


 久野市さんが部屋をきれいにしてくれていなければ、桃井さんを部屋にあげることなんてできなかっただろう。

 まあ、桃井さんを部屋にあげることになったのは、久野市さんが原因でもあるのだが。


「お、お邪魔します」


 どこか緊張した様子で、桃井さんは部屋の中へと足を踏み入れる。アパートの部屋である以上、内装はほとんど同じだ。

 やはり、男の部屋に入るというのは緊張するものなのだろうか。かくいう俺も、桃井さんを……女の子を招き入れることに、緊張しているし。


 ただ、桃井さんは彼氏の部屋とかで、慣れてはいないのだろうか? ま、そういうもんでもないか。


「へー、木葉くん、部屋の中きれいにしてるんだ。男の子の部屋って。ああいうとことかにエッチな本とか隠してそうだけど、片づけたんだ?」


「あ、はは……いやあ、そんなの、持ってませんよ」


「……部屋がきれいなのは、忍ちゃんのおかげ?」


「あ、ははは……」


 まあそりゃそういう認識になりますよね。久野市さんがこの部屋に泊まっていた、と知ったからには。

 久野市さんに部屋をきれいにしてもらった身ではあるが、今のようなきれいな部屋になるまでは、まあいろいろあった。その辺は、男の尊厳のために割愛されてもらいたい。


 とりあえず座布団を敷いて、その上に座るよう促す。久野市さんは、相変わらず床に正座だ。

 お茶を淹れて、二人に差し出す。そこで、俺もようやく腰を下ろす。


「……はぁ、冷たい。ありがとう木葉くん」


「おいしいです!」


「いえ」


 二人は、お茶を飲み喉を潤す。ほぉ、と場が一旦落ち着いたところで……桃井さんの目が、俺を捉えた。

 切り出すタイミングは、今か。俺は小さくうなずき、久野市さんの顔を見た。話してもいいか、という意味合いを込めて。


 久野市さんは、アホみたいな面でお茶を飲んでいた。なんかコップをなめまわしていた。

 わかってんのかこいつ。


「……はぁ。

 こほん。桃井さん、今から話すことは、信じられないかもしれないけど真実です」


「うん」


「俺も、はじめは半信半疑で……でも、今は実際に信じてます。というか、信じざるを得なくなったというか」


「大丈夫、木葉くんが変なうそつくとは思ってないから」


 ありがたい信頼だ。たとえ信じられないような内容でも、桃井さんならばきちんと受け止めてくれる。そう思わせてくれる。

 自分の口で、うまく説明できるかわからないが……やるしかない。軽く、深呼吸をする。


 それから、しっかりと桃井さんの目を見て。


「まず、この久野市さんなんですが……忍者なんです」


「……んん?」


 その目が、困惑に染まるのを感じた。


 ……これ、ホントに信じてもらえっかなぁ。

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