第40話 頭が、キーンて……



「……理由は、あとで話します」


 結局、今言えるのはこれだけだった。ごまかそうと思えなかったのは、俺が桃井さんさんにこれ以上嘘は付きたくないから、と思ったからだろうか。

 本当のことを話すならば、久野市さんにも一応話を通しておいた方がいいし……そもそも、こんな場所でする話でもない。


 今言える、限界の言葉……それを察してくれたのかはわからないが。


「……うん、わかった」


 桃井さんは、うなずいてくれた。その返事は、とてもありがたい。本当なら、今すぐにでも聞き出したいだろうに。

 それから、桃井さんははしゃぐ久野市さんの側へと近寄り、一緒に楽しんでいるようだった。


 その光景は、なんとも微笑ましいものだ。なんとなく、二人の中には仲の良さのようなものが見える。

 女の子同士の友情ってのも、よくはわかんないけどな。


 その後、デパート内をある程度堪能し、帰宅するために一階へ。そのまま出口へと歩いていたところ、アイスクリーム屋さんを発見した。


「な、なんですかあれは……」


「アイスクリーム、だよ。知らない?」


「あ、あれが噂の! 甘くて冷たいと、噂の!」


 村でなかったものは、ここで初めて触れるものばかり。それは、アイスクリームも例外ではない。

 話には聞いたことがあるようで、目を輝かせていた。女の子は甘いものが好きだ、って以前火車さんが言ってたっけ。


 久野市さんもやっぱり女の子ってことか。


「せっかくだし、買っていこうか」


「! え、いや、でも……」


「そうだねー、私も食べたいし」


 俺の言葉に、久野市さんは戸惑いを見せるが……そこに、桃井さんも乗っかってくれる。

 二人がアイスクリームを買う姿勢を見せれば、もう久野市さんも従わざるを得ない。


 俺たちはアイスクリーム店へと足を運び、それぞれどのアイスクリームを頼むか種類を見る。

 いろんな味があるため、悩むが……俺は、順当にバニラかな。


「俺はバニラ。桃井さんと久野市さんは?」


「私はチョコかなぁ」


「私は……うーん、うーん……」


 ガラス張りのケースの向こう側にある、様々な味のアイスクリーム。それを見て、真剣に頭を悩ませている姿が微笑ましい。

 本人は若干焦っているようだが、そんなことは気にしなくてもいい。


 それからしばらくの間悩んでいたが、決めたようでビシッ、と一部を指差す。


「この、すとろべりぃっていうので、お願いします!」


「はいよ」


 三人それぞれ別の味を選び、注文を受けた店員さんが作業に取り掛かる。

 味ごとに分けられたアイスクリーム、それらを、アイスクリームをすくい取る道具で半円型にすくい、コーンに被せるように置いていく。


 それだけの作業ではあるが、久野市さんはそれを食い入るように見つめていた。


「はいよ、まずは一番見てくれてたお嬢ちゃんから。ストロベリーだよ」


「あ、ありがとうございます」


 店員さんの計らいで、久野市さんがまず最初にアイスクリームを受け取る。こぼさないよう気をつけているのだろう、両手で恐る恐る受け取っている。

 その中にあるそれを、久野市さんは嬉しそうに見ていた。


 続いて、桃井さんと俺も、アイスクリームをそれぞれ受け取る。

 普段アイスクリームを買うことはあるが、コーンに乗っているタイプは俺も初めてだ。ちょっと期待している。


「いただきまーす!

 んー、甘い!」


 まず、桃井さんがアイスクリームにかぶりつく。まるで、こうやって食べるのだと久野市さんに教えているようだ。

 それを真似て、久野市さんもアイスクリームにかぶりつく。


 慣れていないからか、口の周りがストロベリーのピンク色になってしまったが、本人はお構いなしだ。


「んんっ、甘い! 冷たい! おいしい! です!」


「それはよかった」


「こんな、こんな甘おいしいものがあるなんて!」


 夢中になって、アイスクリームを口に運んでいく久野市さん。初めてのアイスクリームに、夢中になる気持は良くわかる。

 だけど、そんなに急いで食べていると……


「んっ……?」


 突如として頭を押さえ、久野市さんが動きを止める。

 あぁ、俺も初めてアイスクリーム食べたときは、あんな感じになったなぁ。懐かしい。


 アイスクリームのような冷たいものを、か……アイスクリームがそういうものだから、か……どちらかはわからないが、とにかくアイスクリームを勢いよく食べると。

 頭が、キーンとなる。

 

 久野市さんも、その罠にハマってしまったわけだ。


「な、なんですかこれぇ……頭が、キーンて……」


「あちゃー、最初に言っておけばよかったね。アイスを一気に食べると、そうなっちゃうの」


「なんでぇ……」


「それは……まあ、そういうもの、だから?」


 頭がキーンとなる罠にハマりながらも、じっとしていればそれは次第に治まるもの。

 落ち着いたからか、再び食べ始める久野市さん。なんだか、見ていて面白いな。


 そんな中、久野市さんの視線が俺を捉える。やべ、見すぎただろうか。


「ごめん、ジロジロと。別に変な意味は……」


「もしかして、食べたいのですか?」


「……へ?」


「そうですよね、いろんな種類食べたいですよね。

 遠慮はいりません! どうぞ!」


 俺が見ていた理由を勝手に納得した久野市さんは、素早い動きで……手に持っていたアイスクリームを、俺の口元へと持ってくる。

 突然のことに避けられるはずもなく、俺の口にはアイスクリームが押し付けられる。


 ……久野市さんの、食べかけの。


「んぐっ……」


「えへへ、どうですか。すとろべりぃもおいしいでしょう!」


「な、な……」


 口の周りは、アイスクリームでベタベタになってしまった……が、そんなことはもはやどうでもいい。今のは、久野市さんの食べかけ……

 それを理解した瞬間、顔が熱くなるのを感じた。


 ただ、久野市さんはなんとも思っていないようで……お、俺が気にし過ぎなのか!?


「なな、なにやってるのー!」


 そこに、悲鳴ともいえる桃井さんの叫び声が響いた。桃井さんの顔は真っ赤だった。

 どうやら、俺が気にし過ぎなわけでは、ないらしい。

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