第43話 私、久野市 忍と申します!
遺産問題の件を桃井さんに話し、とりあえずは信じてもらえたようだ。本当に全部を信じてくれたかは、疑問ではあるけど……
だって忍者だの殺し屋だの、遺産のあれこれで命を狙われるだの、そんなのドラマの中の話みたいだ。
俺は直接命を狙われたことで、ようやく信じられた。桃井さんが俺のことを信じてくれているとはいえ、やはりすべてを信じるには話が大きすぎるだろう。
「じゃ、私はそろそろ帰るね。忍ちゃんは、後藤さんが引っ越した後、その部屋に入るってことで」
「ですね。
桃井さんに迷惑掛けないようにね、久野市さん」
「わーん、主様ー!」
桃井さんに話をして、久野市さんとの誤解は解けた。年の近い若い男女が一緒の部屋に住んでいたのは、決してやましい理由からではないと。
その上で、桃井さんは久野市さんを自分の部屋へと連れて行った。俺は命を狙われている立場ではあるが、それはそれとして同室が許されるわけではない。
正直な話……男女うんぬんの話を取っ払ってしまえば、久野市さんに側にいてもらいたい。
一度命の危険を感じて、守ってもらう存在のありがたさを感じた。
ただ、久野市さんが「確かに私なら、このアパートに近づいた気配なら察知できるので、万一にも主様に危害が及ぶことはありませんが、それでも近くにいたいです!」と、説明口調アンド墓穴を掘ったためにこの部屋から撤収となった。
「気配感じれるのかあ、すごいなぁ」
二人が去った後、俺は床に寝転がる。気配を感じるとかすげー忍者っぽい。
そういうことなら、まあ大丈夫かな。俺と桃井さんとの部屋だって、すごく離れているわけでもないし。
その日は、久しぶりに一人で過ごしたような気がする。久野市さんが来て、二日しか経っていないというのに……
ずいぶん、濃い二日だった。
「ちゃんとやってるかな、久野市さん」
俺以外にはなんか冷たい印象もある久野市さんだが、なんだかんだ桃井さんとはうまくやっている。と思いたい。
そう信じ、俺はこの日を、久野市さんが来る前のいつも通りの日常として過ごしていく。
風呂に入って、ご飯食べて……バイトのない休日を、思い切り堪能して。眠りについて。
次の日には、久野市さんの様子を見に桃井さんの部屋に行ったりもして。
「うん、忍ちゃんと仲良くやってるよ」
「主様主様! 香織さん、すごくいい人です!」
玄関先で、わんぱくにはしゃぐ久野市さんの姿を見て、一安心した。どうやら、昨夜寝る前に感じていた不安は杞憂だったようだ。
なにしろ、久野市さんが桃井さんを下の名前で呼んでいたのだから。なにがあったんだよ。
二人の様子を確認し、バイトへ。この日は、朝からシフトを入れていたため、夕方まで働いて……帰宅して、次の日の準備をして。
休日の二日間は、あっという間に過ぎていった。
そして、週明け……
「おはよう、木葉」
「おー、おはようルアー」
教室まで登校した俺は、机に突っ伏していた。そんな俺に声をかけてくるのは、神崎 ルア。俺の学校での、一番の男友達。
ルアは自分の席にカバンを置いたあと、俺の机に腰掛ける。
「どうかした、元気ないね」
「んー、そんなことは……あるかもなぁ」
元気がないのか、俺は……そうだろうなぁ。
この数日で、命を狙われたり忍者と名乗る女の子の服を買いに行ったりバイトに勤しんだり……と、自分でも驚くくらいにハードスケジュールだった。
正直に言えば、このまま寝てしまいたい。顔だけルアを見る。
「やれやれ、週明けからそんなんじゃ、持たないよ?
そういえば、紅葉はまだ来ていないんだね」
ルアの視線は、火車さんの席へと注がれていた。俺と、ルアと、そして火車さん。この三人は、いつも一緒に過ごしていたと言っても、過言ではない。
だが、それももうできないだろう。なんせ、火車さんは俺の命を狙ったんだ。俺は危うく、殺されかけた。
殺し屋だという火車さんはおそらく、もう学校には来ない。俺に正体がバレた以上、この町で会うことももう……
「あ、紅葉」
「おっつー、ルアっちー、木葉っちー」
「って来るのかよ!」
……なんか普通に、来た。普通に教室の入口から、ドア開けて、入ってきた。
いつものニコニコした笑みを浮かべ、火車さんはこっちに手を振っている。
なっ……んで!? なんで普通に登校してんの!? もしかして、まだ俺の命を狙ってる!?
「んん? もう、なにさ木葉っち、そんな熱心にウチのこと見つめてさ」
「っ……」
俺の視線を感じて、意味深に笑ってやがる。この野郎……絶対わかっててやってるだろ!
本当なら今すぐ、ここにいる理由を聞き出したいが……ここは教室だ。他の生徒もいる中で、そんなことはできない。
それから火車さんは、俺とルアの近くに来て、話を始める。それは、まるでいつもの光景……ホームルームが始まるまでの、わずかな時間の。
三人の、朝の光景だ。
「おーい席につけー。ホームルームを始めるぞー」
その後、俺は火車さんに対して曖昧な反応しかできず……チャイムが鳴る。ガララ、とドアが開き、担任の先生が教室へ入ってきて、立っていた生徒は各々の席へと座る。
教卓に立つ先生だが、そこで一つ咳払い。
「えー、急だがお前たちにお知らせがある。このクラスに、転入生が来ることになった」
先生の言葉に、みんなは湧き立つ。それもそうだろう、転入生という響きは、万国共通で思春期生徒の心をくすぐる。多分。
にしても、この時期に転入生か……珍しい、のか? まあ人にはそれぞれの事情があるよな。
どんな子なんだろう。男子か、女子か。かわいい女子だと嬉しいんだけどな、転入せ…………転入生?
……なんだろう、なんだか、とても嫌な予感がするぞ……?
「落ち着けお前ら。喜べ男子、かわいい女子だぞ」
「先生おじさんくさーい」
「やかましいわ。
ほら、入れ」
クラスの、主に男子が盛り上がる中で、先生の声に反応して……教室のドアが、再びガララ、と開く。
外にいた人物が、足を踏み入れる……その人物は、とてもきれいな黒髪と、目を奪われるほどの白い肌を持っていて……
……俺の嫌な予感が、的中してしまった。
「はじめまして皆さん! 私、久野市 忍と申します!
この土地に来たのも、こういう学校に通うのも初めてで右も左も前も後ろもわかりませんが。皆さん、仲良くしてください!」
……そこにいたのは、間違いなく。我が校の制服に腕を通した、久野市さんの姿……!
俺は、開いた口が塞がらなかった。彼女がここにいる事実も、理由も、なにもかもが理解不能で。
なにより……
『私が忍びの家の者だというのは、内緒ですよ?』
あの子全然忍ぶ気ねぇえええええ!!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます