第8話 常識的に考えてだめだろ
俺はバイトに出掛ける。だから、この子には帰って欲しいのに……
なんで、この子は自分も着いてくるつもりなんだろう。
「だって、外出なさるのでしょう? こんな時間に。
もし、主様のお命を狙う輩に狙われたら、どうするんですか」
「いやいやいや」
着いてくるという理由。それは、むちゃくちゃな内容だ。そもそもの話、遺産目当てに命を狙われるなんて話自体、半信半疑なのだから。
俺はじいちゃんの孫で、遺産相続権が優先の息子夫婦……つまり俺の両親も、そしてばあちゃんももう亡くなっている。
だから、俺に相続権が移るというのはわかるが……
だからって、命を狙われるなんてことが本当にあるのか。そんなのドラマやマンガ、フィクションの話だけだ。
「狙われるわけないじゃん。現に、今日まで元気……ピンピンしてるわけだし」
「今日、狙われるかもしれないじゃないですか!」
彼女の言うことは、もっともだ。今日まで狙われてなくても、今日も狙われないとは限らない。
人間、いつどのタイミングで事故に遭うかわからないのだから。それは、俺が一番良くわかっている。
とはいえ……この話が半信半疑である以上に……
「だいたい、今日キミが来て今日襲われる、ってのもおかしな話だよ。
むしろ、そんなことになったら、キミのマッチポンプを疑ってしまう」
俺が狙われている、という話を持ってきた、俺を守るという少女。いわば護衛だ。彼女が来たその日に、本当に狙われたのだとしたら。
なんで護衛がいないときに狙ってこなかったのか、という話になる。
もちろん、この子ならば俺を簡単に殺せるだろうってのは、理解したけど……
それはそれとして、このタイミングで襲われることになれば、この子がさらに怪しくなってしまう。
「……マッチ、ポンプ……?
すみません、マッチは持っているのですが、ポンプは持ち運びに不向きなため、現在は持ち合わせがなくて……」
「そういう意味じゃないよ! マッチポンプ! 前と後ろに分けちゃだめなの!
そもそもなんでマッチ持ってるの!」
しかし彼女は、俺の結構シリアスな質問にきょとんとした表情だ。こんな時になにをふざけて……
……ないな、あの表情。本気でわかっていない。
なんか、会話がズレていると思うことはあったが……もしかして、この子結構バ……物を知らないのか?
「要するに……自己演出、みたいな意味ってこと。
キミの手の者が俺を襲って、それをキミが助ける。そうすることで、俺の信頼を得るっていう……」
「そんなことをして、私になんの得が?」
「それは……っ……そう、なんだけど」
ちょっとおバカなのか、と思ったら、急に核心をついてくる。
いや、自分で話していて思ったけど……この子の自作自演ってのは、無理があるよな。さっきも考えたように、そんな回りくどいことしなくてもこの子なら俺を殺せる。
仮に回りくどいことして俺の信頼を勝ち取って、だからなんだって話だ。
……話なんだが……
「まあ、今の話は忘れてくれ。
でも、わざわざ着いてこなくてもいいよ。俺には狙われるなんて思えないから」
「で、ですが……」
「……俺のことを主様、なんて言うんだから、俺の言うことも聞いてほしいな」
あんまりこういう言い方はしたくないが……このままでは、無理矢理にでも着いてきそうだ。それは困る。
ただ、この言葉が聞いたのか、久野市さんはしゅんとした様子で押し黙る。
……なんで、そんな捨てられたネコみたいな顔をするんだ。俺が悪いことをしたみたいじゃないか。
「と、とにかく。キミは帰って。ご飯のお礼は、今度改めて……」
「? 帰ってって、どこにです?」
「……いや、自分の家に……」
「私の家は、ここです」
時間も迫っているし、これ以上問答を続けている余裕はない……そう思って、再度帰るように、話した。
すると、どうだ……彼女は、とんでもないことを口にしたのだ。
ここが、自分の家だと。いや、ここはキミの家ではない。もっと言うなら俺の家でもないけど。
けど、冗談を言っているようには、見えない。残念なことに。
「いやいや、それどういう……」
「言ったじゃないですか、主様の身の回りのお世話をする。主様を守るために来た、と。
主様のお側で!」
「……」
……あぁ、いかんいかん……一瞬気を失ってた。
この子がなにを言っているのか、わからないのは俺がバカだから、じゃないよな?
俺のお世話をする、俺を守る……そのために、来た。そう、彼女は初めに言っていた。
それって……例えば近くに部屋を借りて、とかそういう意味だと思っていた。だが、もう一つの可能性を……考えないようにしていたが。
それってまさか……!
「まさか、この部屋に……住む、とか言い出すんじゃ……」
「そうですよ?」
外れていてくれという俺の願いは……当たり前のように、彼女がうなずくことで儚く散った。
この、一人用の部屋に……元々の住人俺と、見ず知らずの女の子が、ひとつ屋根の下に暮らす、だと!?
それは、遺産かどうとか命がどうとか……荒唐無稽に思えたどんな話よりも、信じられない話だった。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、久野市さんは笑みを浮かべていた。
「うふふ、楽しみです! 主様との、共同生活!
うふふっ」
なんでこの子は、こんなに嬉しそうなのだろう。俺にとって知らない女の子ってことは、久野市さんにとっても俺は知らない男だろうに。
なんで、こんなにも堂々としていられるんだ?
「いや、常識的に考えてだめだろ!?」
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