第7話 ばいとーと言うのはなんですか
作ってくれたオムライスを、口に運ぶ。
肉、野菜、そして卵……それぞれの焼き加減がそれぞれにマッチしていて、口の中がほんのりと熱い。噛みしめるほど味が染み出ていくようだ。
「ど、どうですか?」
口の中でオムライスを噛みしめている俺に、久野市さんは不安そうな表情を向けていた。
ただ、料理の感想を待っているだけで……そんな顔を、見せるのか。
焦らしているつもりはないが、彼女にとっては長い時間だっただろう。オムライスをを飲みこみ、さらにはお茶を飲み喉を潤してく。
「っ……ふぅ」
「ドキドキ……」
「ドキドキって自分で言う人初めて見た。
……まあ、その……うまかった、です、うん」
「……!」
この子に関しては、まだ不審な点が多い。だが、せっかく作ってくれた料理に、嘘をつくわけにもいかない。
ただ、真正面から伝えるのは恥ずかしく……目を、そらしながら言ってしまった。
なんでか敬語になってしまったが、うまいとは伝えられた。だが、その後……久野市さんから、なんにも返事がない。
どうしたのだろうと、恐る恐る視線を向けると……
「そっかぁ……えへへ、よかったです」
「!」
なんと言えばいいだろう……ふにゃっとした笑顔を浮かべている、久野市さんの表情があった。
それは、うまいと言われて喜んでいる……ひと目で、そうだとわかる表情だった。
直後、彼女は立ち上がり……キッチンへと、戻っていく。自分の分のオムライスを作るのだろう。
その背中は、やはり上機嫌だとわかるものだった。しかも、さっきよりも鼻唄は大きく、腰まで振っている。
「ネコかよ……」
なんだかおかしくなり、俺も少し笑ってしまった。誰かの手料理が、こんなにもあたたかく、おいしい。
その後久野市さんも同じオムライスを仕上げ、俺の対面へと座り、食事を開始した。食器は少なかったが、箸はあってよかった。二つセットでお得なのがあったから、つい買ってたんだよな。
食事の間、なにを話すべきか……考えて、俺からはなにも話せなかった。それを察してか、久野市さんもなにも話さない。
おいしいが、どこか気まずい食事の時間はあっという間に過ぎていく。
……と思ったのだが。
「主様、主様がご迷惑と言うなら、私は出ていきます。今の時点で、私のことをすべて信じてもらえるとは思っていませんけど……
それでも、主様のことを一番に考えていることだけは、わかってください」
「……」
と、こちらが小っ恥ずかしくなるようなことを、真顔で言うのだ。俺は、黙々と食事を続けた。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
食事を終えた俺は、食事前と同じく手を合わせ、挨拶をする。食事の挨拶は、大切なマナーだ。じいちゃんから耳にタコができるくらい言われたからな。
それを受け、久野市さんはやはり嬉しそうに微笑んでいる。
「あ、それは私が……」
「いいって、これくらい」
俺は立ち上がり、食べ終えた食器をキッチンへと持っていき……水につけておく。
洗うのは、久野市さんも食べ終えてからでいいか……いや、そういやそろそろ時間か……
時計を確認して、時間が迫っていることを確認。ずっと制服だったことを今さら思いつつ、俺はクローゼットを開く。
「主様? こんな時間からお出かけですか?」
「いや、バイトだよ、バイト」
「……ばいとー……」
えぇと、バイト先の制服は洗濯して畳んでおいたから、これと……あぁ、面倒だから着替えなくていいか。どうせ行き帰りだけだし。
あらかじめ準備はしておいたから、それほど手間ではない。
荷物を引っ張り出し、中身の最終確認……と。
「ごちそうさまでした。
……主様、ばいとーと言うのはなんですか?」
「なんですかって、バイトはバイトだよ。アルバイト。学生の一人暮らしには、いろいろ金が必要なの」
「はぁ……つまり、お金を稼ぐ方法を、ばいとーと言うのですね!」
出発の準備を進めていく俺、食べ終えた食器を片付ける久野市さん……なんか、微妙に会話が成り立ってない気がする。
まあ、いいか。
今日のシフトは……というか、平日のシフトは夜勤だ。学生である以上、昼間は学校に行ってるからな。
夜のコンビニバイト……それが、俺が今から行くバイト先だ。もちろん、休日は朝や昼にも出る。
「もう少ししたら、俺はバイト行かないと。その前に、キミは家にかえっ……」
「わかりました。私も、外出の準備をしますね」
「た方がいいよなんなら送るし……
ん?」
料理を作ってもらった以上、もう追い出すような真似はできない。とはいえ、まさか俺の留守中に滞在させるわけにもいかない。学校から帰ってきたら居たけど。
だから、やんわりと帰ってもらう。なんなら、連絡先を聞いて今日のお礼を後日……そう、思っていたのだが。
聞こえてきたのは、なぜか久野市さんも外出するというものだった。
いや、これが家に帰る、という意味なら問題ないんだ。けど、このニュアンスはまるで……
「……まさか、着いてくるつもりか?」
「もちろんです」
「なんで!?」
当たり前のように、着いてくるつもりだ!?
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