第15話 犯人の正体

「先輩、わざわざお越し頂いて申し訳ございません。」

 放課後。西日が射し込む教室に先輩が入ってくると、天ヶ瀬は深々と頭を下げた。


 昼休みに事件の真相を見破った彼女は、山下から先輩たちのメールアドレスを聞き、その人を呼び出した。そいつは教室に入ると、目を細めてオレと天ヶ瀬を睨む。


「犯人が分かったと聞いて来たけれども、」

「はい。だから、こうしてお越し頂いたんです。」

「どういうこと?」

「惚けるのは辞めませんか。」

 普段は大人しい顔付きの天ヶ瀬だが、今は眉を吊り上げ、目には有無を言わさぬ力を宿し、毅然とした態度で犯人に相対する。


「なるほどね。私が犯人だって、言いたいのね?」

「はい。貴女が部費を盗んだ犯人です。」

「じゃあ、教えて。私は昨日、どのタイミングで部費を盗み、それをどこにやったのかを。」

 よほど自分の犯行に自信が有るのか、彼女は余裕の笑みを口許に浮かべたまま微動だにしない。

「残念ですけれども、それにお答えすることは出来ません。」


「何それ。」天ヶ瀬の発言を彼女は鼻で笑う。「私がどうやって盗んだかも説明できないのに、人のことを犯人呼ばわりしないでくれる。」

「いいえ、勘違いしないでください。私が説明できないのは、貴女が、昨日部室から部費を盗んだ方法です。言っている意味、貴女なら分かりますよね?」


「っ、」


 さっ、と犯人の顔色が変わった。今まで誰も気が付いていなかった事件の本当の姿を端的に言い表す言葉に、彼女は動揺したのだ。


「き、昨日部室から盗んだ方法が分からないって、」しかし、それでも犯人は覚束ない呂律で惚けようとする。「一体、ど、どういう意味よ。さっぱり分からない、」

「だから、辞めましょう先輩。」悲しそうに、天ヶ瀬は犯人を見詰めた。「そういうのは、自分を傷付けるだけです。」

 彼女は天ヶ瀬に何か言い返そうと唇をわずかに動かすが、言葉は一切発することが出来ず、大きく肩を落とした。


「そう、ね。」

 溜息と一緒に、ようやく彼女は短く漏らした。


 そして、しばらくの間、誰も口を開く者はいなかった。窓の外では、いつものように運動部と文化祭に向けて張り切っている文化部の部員たちの声が響いている。本来ならば、文芸部も学祭に向けての部活動を行っていたはずだった。しかし、彼女の起こした事件によって、それらは止まってしまった。


「どうして、私が犯人だって、気が付いたの?」

 先輩は力ない口調で、自らが犯人であることをはじめて認める発言をする。

「偶然です。昨日、通り雨が降っていなければ、未だに誰が部費を盗んだのか分からないままだったと思います。」


「雨?」

「はい。」頷き、天ヶ瀬は手に持っていた巾着袋を突き出す。「昨日の雨によって、この巾着は汚れてしまいました。」

 そう、巾着は雨で汚れてしまったのだ。犯人の意図とは関係なく。

「でも、盗まれた時間と雨が降った時間は前後していて、本来であればありえないことです。」


 四人の証言を総合すると、部費が盗まれたとされる時間は、市ノ瀬と郷野がトイレに言って戻ってくる間。本来であれば、天ヶ瀬が言う通り、巾着袋は雨で汚れるわけがないのだ。しかし、盗まれた時間が、本来はもっと前の時間だったならば、どうだろうか。


「そもそも今回の事件は、前提から間違っていました。だって、部費ははじめから部室に持ち込まれてなんていなかったのですから。」

 いくら考えても、オレたちがいつ、誰が部費を盗んだのか解き明かすことが出来なかったのも当然だ。犯人は持ち込んでもいない部費をあたかも持ち込んだかのように言い触らし、周りの人間を欺き、存在しない物を存在させていたのだから。ない物を盗んだ人間を解き明かすなんて、そもそも不可能だ。


「貴女は、部室に行く前に、校舎裏のゴミ捨て場付近に巾着袋を捨てた。その時、雨が降りはじめていたのでしょう。巾着はもちろん、貴女自身も雨に濡れてしまった。だから、汗を拭う振りをしながら、貴女は部室に行ったのです。ご丁寧に巾着と同じ色をしたタオルを使用して。」


 急激に降ってきた雨だったので、急いで校舎に戻ったが彼女の制服は濡れてしまった。ブラジャーが透けてしまうくらいに。


「本当は、部室になんて行かずに帰ってしまいたかった。」彼女は当時の心境を自嘲交じりに言う。「でも、やるしかなかった。早くしないと、部誌を作るための印刷代を部費から捻出しなければならなくなる。それまでに、なんとしても、部費が盗まれたことにしなければいけなかった。」

「ブランド物のポーチや新作の化粧品を買う為に、部費を使ってしまったからですね。」

「本当に、何でもお見通しなのね、貴女は。」


 全てを見透かしている天ヶ瀬に、彼女はもはや呆れるしかない様子だ。実際、昼休みに事前に推理を聞かされていたオレも、その発想力の柔軟性と、真実を見付ける眼力に、呆然とさせられたのだから、天ヶ瀬の推理をはじめて聞く彼女が呆れるのも仕方がない。


「他のみんなには、私が犯人だって、言ったの?」

「いいえ、まだです。」

 首を振り、天ヶ瀬は教室の隅で大人しくしていたオレに視線を向ける。

「市ノ瀬先輩、一つ提案があります。」


 彼女に歩み寄り、オレは昼間から考えていた事件の決着について、一つの提案をしてみた。

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