第14話 推理

「なあ、その泥は本当に犯人が汚したものなのか?」

 汚れた巾着袋を見つめながら、オレは先ほどから抱いていた疑問をぶつけてみた。


「と、言いますと?」

「偶然汚れただけかもしれないだろう。だって、昨日は雨も降っていたんだから。」

「雨が降ったのは、部費が盗まれるもっと前ですよ。それに五分かそこらだったはずです。すぐに地面は乾いたって、山下くんも証言して、」


 不意に、天ヶ瀬の言葉が止まる。

 彼女は視点の定まらぬ視線を彷徨わせながら、人差し指で顎を触る。そして、一人で何かぶつぶつと呟きだした。


「巾着が汚れていた。巾着が汚れていた。巾着が汚れていた。巾着はいつ汚れた?」


 ついにはじまった、とオレは醒めた様子で彼女の奇行を見ていたが、はじめてこの様子を目の当たりにする山下は何が起きているのか分からず、目を白黒させている。


「どうしちゃったんだよ、天ヶ瀬さん。」

「推理しているんだよ。頭の中で引っかかっているワードを何度も口にして、自らその解を答える。本人は無意識にやっているそうだけれども、オレもはじめて見た時は驚いたよ。」


 自然とオレの口からは溜息が零れていた。天ヶ瀬がこの推理方法をはじめたら、もう直に事件の真相は白昼の元に晒される。たまにはオレが先に事件を解き明かし、名探偵の鼻を明かしてやろうかと考えていたのだが、ワトスンにそんな大役は荷が勝ち過ぎていたようだ。


 呟かれる繰言を聞きながら、オレは天ヶ瀬の顔を、目を、口を、見詰め続けた。そして、目の色が唐突に変わり、栄光の光が瞳の奥底で輝いた。


「山下くん、先輩たちにメールをして下さい。文面は、『部費が入った巾着を最後に見かけたのはいつか?』です。」

「ちょっと待って。」山下は言われた通りに、ケータイで文面を入力し、送信する。「はい、完了。」

「ありがとうございます。ついでにもう一つ良いですか。」

「なに?」


「先輩たちと同じ質問です。山下くんが巾着を最後に見かけたのはいつですか?」

「えっと、最後はいつだったかな?」額に人差し指を当て、山下は記憶の谷に意識を降下させる。「確か、俺が最後に見たのは……。あれ、いつだったかな?」

「覚えていませんか?」

「うん。何処かのタイミングで黄緑色の巾着を見たような気はするんだけれども、いまいちハッキリしないな。」

 眉間に皺を寄せたまま、自身の記憶が腑に落ちない様子で山下は首を傾げる。


 その後、三人の先輩達からメールの返信が来た。内容を見せてもらい、オレも首を傾げてしまった。

「どういうことだ、これ?」

 メールの内容は以下のようなものだった。


 まず、市ノ瀬からのメール。

『私が最後に巾着を見かけたのは、ポーチを取りに戻った時。その後は、見掛けてない。』


 次に、黒川のメール。

『昨日、オレは一度も巾着袋を見てはいない。ただ、市ノ瀬やみんなが有ったというのだから、有ったとは思うが……。』


 最後に、郷野の返信。

『部室に行った時、見かけた、はず。あの時、黄緑色のものを私は、見ている、』


「どうやら、ようやくそれぞれの証言に矛盾が出てきたようですね。」

 小さな液晶画面を見詰めながら、天ヶ瀬結は不敵に笑う。そして、はっきりとした発音で言った。

「事件は、解決しました。」

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