第13話 果報

「あ、いたいた。」

 大きな声が教室に響き、山下が足音を響かせて駆け寄ってくる。

「何だよ、慌てて。」

「見付かったんだよ、」走ってきた所為か、山下は肩で激しく息をしている。

「何が?」

「巾着袋がっ、」


「何だって?」まさか、本当に果報が転がり込んで、何もしないまま事件は解決してしまったというのか。オレは慌てて尋ねた。「じゃあ、部費も戻ってきたのか?」

「いや、部費は入ってなかった。って、天ヶ瀬さんから、聞いてないのか?」

「いや、何も聞いてないよ、オレは、」

「さっきメールしたんだけれども、」


 オレたちは漸うご飯を食べ終えた少女を見遣ると、彼女はこちらの視線になど気が付いていないかの様子で口許をティッシュで悠々と拭いている。

「メールって、何だよ、天ヶ瀬。」

 席に座り直し、正面の女子に尋ねる。

「直訳すると、手紙ですけど、たぶん話の流れから言うと、四時間目が終わった直後に山下くんから頂いたEメールのことですよね。」


「たぶん、それのことだな。」

「巾着袋が見付かった、という内容でした。」

「何で、教えてくれなかったんだよ。」

「だって、乃木口くん、心ここに有らずといった様子でしたから。」

「うっ、」


 言い返せない。確かに、事件のことについて考えるのが疎かになっていたが、だからといって新たに入ってきた情報を隠しておくなんて、フェアではない。

 いや待てよ。

「もしかして、お前が言っていた果報ってこれか?」

「ええ、そうです。」一点の曇りのない笑顔を浮かべる。


 やられた。オレは悔しさから、つい唇をへの字に曲げてしまう。天ヶ瀬は新しいピースが直に教室に届けられることを知っていたから、あんな余裕をかましていたのだ。畜生、聞き込みに回ろうとしていたオレがまるでピエロじゃあないか。


「で、」口許を歪めたまま、山下へと視線を向ける。「その巾着は?」

「ああ、持ってきたよ。」

 制服のポケットから、山下は折りたたんだ巾着袋を取り出す。それは、酷く汚れていた。


「泥だらけですね。」

 巾着袋を見詰めながら、天ヶ瀬は言う。

 彼女の言う通り、山下が取り出した黄緑色の袋は汚れていた。泥水でも被り、一日干したようなそんな汚れ具合だ。


「どこで見つけたんですか?」

「校舎裏のゴミ捨て場の近くだよ。ほら、横に雑草しか生えてない花壇があるだろう。あそこに落ちていた。」

「なくなった巾着は、これで間違いありませんよね?」

「ああ。持ち主の市ノ瀬先輩にも確認してもらったから、間違いない。」

「つまり、犯人は昨日部室から巾着に入った部費を盗んだ後、現金だけ懐に納め、袋は捨てたということだよな。」

 現状を整理し、オレは言う。


「そうですね。普通に考えれば、そういうことになりますね。」

 浮かない顔で天ヶ瀬は呟きながら、顎を忙しなく掻く。

「何が、気にかかっているんだ?」

「いえ、何で巾着袋は汚れているのだろうかと思って、」

 一体それのどこが気にかかるというのだろうか。外に落ちていたのだから、巾着が汚れていて何の不思議があるというのか。


「あっ。」


 何かに気が付いたように、大きな声が上がった。その唐突な声に、オレは吃驚し、身体が大きく震えてしまった。それは、天ヶ瀬も同じで、オレたちは声の主を見た。

「分かっちゃったかもよ、オレ。」

 自信満々に、声の主である山下尚吾は満面の笑みを浮かべる。


 まあ、期待はしていないが「何が分かったんだ。」と、義理で聞いておく。

「部費を盗んだのは、黒川先輩だ。」

「何でだよ。」

「今、天ヶ瀬さんが言った、何で巾着袋が汚れているのかって発言でピンと来た。珈琲の染みを隠すために、巾着は犯人によってわざわざ汚されたんだよ。」


 期待していなかったが、山下の推理は以外にも論理的で驚いた。確かに、黒川は鞄の中に飲んでいた珈琲を零した。その時、盗んでいた部費が鞄に入っていたら、巾着は珈琲の染みが付いたはずだ。染みが付いたまま巾着袋を捨てれば、発見された時に誰が盗んだのかすぐにばれてしまう。だから、犯人である黒川は珈琲の汚れを気付かれないように、巾着をもっと汚した。


 筋は通る。だが、


「その推理は、駄目ですよ。」三つ編みを揺らしながら、天ヶ瀬は首を左右に振るって否定する。「だって、珈琲を零した後、黒川さんは鞄の中身を全て外に出しているのですから。もしも、彼が盗んでいたのならば、鞄の中の巾着袋も外に出していたことになります。そんな堂々とした泥棒は早々いらっしゃらないと思います。」

 と、言うことだ。残念ながら山下の推理は否定された。


「でも、着眼点は面白かったですよ。何故、犯人が巾着袋を汚さなければならなかったのか、という疑問を解消してましたし。」

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