第12話 お化け屋敷の掛け小屋

 まったくもって大変なことになってしまった。事件の証言を聞き、文芸部で起きた事件を解決させるつもりでいたのだが、まったく違う証言を聞きだしてしまった。四時間目の授業中も、授業の内容はもちろん、事件についても考えることも出来ず、頭の中には黒い髪にメタルフレームを掛けた、冷たい目の女性の姿がチラチラと浮かび続ける。


「君の小説を読んで辛く当たったのも、文章力は認めていたから、自分と同じように純文学を書いて欲しいっていう、不器用なお願いだったのよ。」


 市ノ瀬との会話が頭の中で甦る。

「そんなの、分かるわけないでしょう。」

「雅美は不器用で、我儘だからね。自分を変えようとはしないで、ありのままの自分を受け止めてくれる人を求めてるの。」

「ずいぶんと乙女チックですね。」今まで持っていた郷野のイメージとあまりに齟齬があり、オレの中で容易に印象の修正が利かない。


「べつに、今すぐ彼女に何かしてあげてと言う気はないけれども、今後彼女と接する時、その辺りも考慮に入れてあげてね。」

 市ノ瀬は一方的に言い終えると、移動教室の為に教室を後にした。残されたオレは茫然自失の状態でしばらく上級生の教室に佇んでいたが、始業の鐘の音を聞き、急いで自分のクラスに戻った。その後も、市ノ瀬の話が忘れられず、郷野の姿が頭の中から離れない。


「どうかしたのですか?」

 向き合って弁当を食べていた天ヶ瀬が小首を傾げる。

「いや、別になんでもないよ、」また下手なことを言い、足を踏まれては堪らない。要らぬことは口にしないようにしよう。


「そうですか?」

 もう一度首を傾げ、彼女は卵焼きを食べる。オレも菓子パンや惣菜パンの封を開け、一口二口で喉の奥に流し込んだ。いい加減頭の中を切り替えなければ。さっさと昼食を終え、オレはまだ食事をしている天ヶ瀬に問う。


「なあ、本当に誰かが部費を盗んだのかな?」

「なんでですか?」

「いや、四人の話を聞いている限り、誰かが盗んだとは思えないんだよ。確かに、盗む機会は誰にでもあったけれども、決定的な確証を抱くことはできない。」

「はい。」ゆっくりとご飯を咀嚼しながら、彼女は頷いた。「私も同じことを思っていました。決定的な何かが不足している。まさにその通りだと思います。恐らく、その不足した物が揃わない限り、誰が部費を盗んだかを立証することは出来ないのではないでしょうか。」

「じゃあ、オレたちはこれからどうするんだよ。」

「どうも出来ないですよ。だって、ピースの足りないパズルを組み立てるなんて出来ないですから。」


 確かに、天ヶ瀬が言うことはもっともだ。フラグが立っていないのに、ハッピーエンドを迎えることは出来ない。でも、ただ手をこまねいているというのも、山下に申し訳ない気がするし、他の文芸部の部員たちにも悪い気がする。本心はどこにあるか分からないが、彼等はオレたちの要望に応え、短い休み時間を利用し昨日の状況を証言してくれた。わざわざこちらの我儘に付き合ってもらったというのに、解決の為の道具がないからといってただ椅子に座っているだけで良いのだろうか。もっと、足を使って様々な人間から証言を得たほうが良いのではないか。そうすれば、足りないピースも見付かるかもしれない。


「果報は寝て待て。」

 ポツリと天ヶ瀬が言う。

「求めよ。さすれば与えん。」オレは言い返し、席を立つ。「お前があくまで安楽椅子探偵を決め込むなら構わない。なら、オレは社会派の刑事にでもなるよ。」

「『無惨』の時代から、足の探偵よりも頭の探偵のほうが優れていますよ。」

「それは、お化け屋敷の中での話しだろう。」


 大概、推理小説好きの会話だ。まあ、天ヶ瀬との会話は、自分の趣味に何の遠慮もなく話せるから楽しいのだが。ただ、それでもどうしようもない価値観の違いはある。オレはやはり、文芸部の人間たちにせめてもの義は通したいと思う。

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