第11話 衝撃の事実

「覚えているのはこれくらい。どう、少しは役に立ちそう?」

 蠱惑的な笑みを浮かべ、小首を傾げる市ノ瀬の姿は他の女子と違い、化粧をしているためかとても大人っぽく見える。


「何、見惚れているのですか?」ぼそりと、感情のこもらぬ冷たい声が隣で囁かれる。

「いや、これは、」

 言い訳をしようと口を開くが言葉が上手く見付からない。いや、そもそも何故天ヶ瀬に言い訳をしなければならないのだろうか?


 自分の行いが不可解で仕方なかったが、今はそんなことを考えている時ではない。オレは、市ノ瀬の発言を反芻した。簡潔な、分かりやすい証言だったと思う。しかし、特別疑問に思う個所もなく、矛盾もなかったと思う。


「ちょっと良いですか?」

「何。」

「ポーチを見せてもらっても良いですか?」

「何で?」天ヶ瀬の申し出に、市ノ瀬は明らかな不信感を露にし眉間に皺を寄せた。「今更持ち物検査したって、何も出てくるわけないわよ。」

「ええ、分かってます。ただ、巾着が入るほどの大きさかどうかを見ておきたいのです。」


「……分かったわ、」

 しぶしぶといった態度で、机の脇に掛けていた鞄から市ノ瀬はポーチを取り出す。郷野が言っていた通り、ピンク色をしたその小物入れは女子に人気のブランドのエンブレムがあり、値が張ったであろうことが窺える。だが、サイズは期待していたほど大きくなく、現状でも小道具が入ってパンパンに膨れたポーチにそれ以上物を入れるのは難しそうだ。


「これでは、巾着を畳んだとしても、難しそうですね。」

「色々詰め込んじゃっているからね。」

「中も見て良いですか?」

「どうぞ。」

「ありがとうございます。」礼を言い、天ヶ瀬はポーチの中身を机にひっくり返す。雑多な化粧道具が机に広がるが、男のオレには何が一体どういった化粧品なのかさっぱり分からない。一方、天ヶ瀬は一つ一つをじっくりと見詰め、その中から一つを手に取る。「これ、」


「そのコスメがどうかしたのか?」

「新商品ですよね、先輩。」

「ええ。色が綺麗だから、つい買っちゃったの。」

 照れるように笑うと、先輩は天ヶ瀬の手から化粧品を取り上げる。

「私も雑誌で見かけて、少し気になっていたんです。使ってみて、いかがですか?」

「そうね、ちょっと濃い気もするけれども、その分印象ははっきり出してくれるかな。」


 完全に女子トークになってきている。話についていけないオレは一体どうしたら良いのか、手持ち無沙汰な状態で天井を見上げ、一つ奇妙に感じる点を考える。

「何で、お前がそんなに化粧品について詳しいんだ?」


「一応、女の子ですから。」

 返ってきた言葉を聞き、オレは自分の考えが口から漏れていたことに気が付く。そして、ゆっくりと隣に佇む少女を見遣ると、普段の大人しそうな目付きはどこへやら、眼光鋭い双眸がオレを睨み付けていた。

「ごめん、」と謝るより早く、爪先に激痛が走る。


「それでは先輩、移動教室の前に時間を作って頂きありがとうございました。」

 オレの足を踏みつけたまま天ヶ瀬は頭を下げ、踵を返す要領でさらにオレの爪先に負荷を掛けて教室を出て行く。オレは声にならない声を漏らしながら、蹲る。


「まったく。」

 オレの情けない姿を見遣りながら、市ノ瀬は呆れたように息を吐く。

「君は本当に鈍いね。そんなんで、事件を解決できるの?」

「今のはちょっとした事故です。いつもはこんな失敗はしません。」

「処置なし。」再び彼女は大きく溜息を吐いて、首を左右に振った。「事故じゃあなくて、君のデリカシーのなさが招いたのよ。あの時もそうよ。」


「あの時?」


「そう、君が退部した時のこと。多分、この調子じゃあ気が付いてないでしょう。」

「何がですか?」

 つい、刺々しい口調で言い返してしまう。いくら過去の話しだからといって、退部の時の話は思い出したくない。それも、直接オレを辞めさせた人間の口から言われると腹が立つ。


「雅美、君のこと好きだったのよ?」


 へ?


「ええーっ?」

 痛みはどこかへ消え、オレの頭の中は真っ白になってしまった。たぶん、部費がなくなったことに気が付いた市ノ瀬もこんな状態だったのだろう。

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