第5話 いざ、捜査へ

 結局、天ヶ瀬の笑顔に押し切られ、オレは文芸部で起きた盗難事件の捜査に加わることとなった。


「で、まずは誰から話を聞くんだ?」

 一時間目が終わり、教科書を机の中に押し込みながら、隣に座る天ヶ瀬に問う。

「郷野さんにまずは話を聞ける手筈になっているはずですよ。」

「郷野か……、」

 過去の記憶を思い出し、苦虫を噛んだような渋い表情が自然と面に出てしまう。


「もう、過去のことですよ。」

 オレの様子に目敏く気付いたのか、労るような優しい言葉が天ヶ瀬の口から発せられる。その言葉に不覚にもオレの心は揺さぶられた。

 そうだ、文芸部での確執は彼女が言うように過去のこと。未だに気にしていても仕方がない。

 決意を固め、腰を上げようとした瞬間、小さな手がオレの手を力強く握ってきた。


 どきりっ、と心臓が大きな鼓動を一つ打つ。


「乃木口くん、」長い下睫毛が特徴的な瞳がじっと見詰め、赤い唇がゆっくりと動く。「さあ、時間がありませんから、早く行きましょう。」

 ぐいっとオレの手を引っ張り、彼女は教室を出て行く。まあ、そうですよね。自分の甘い期待を心の中で嘲笑い、オレは大きく溜息を吐いた。


 馬鹿々々しい。


 繋いでいた手を離してもらい、オレたちは廊下奥にある階段を昇る。一つ上のフロアは二年生の教室が並び、目的の郷野がいる教室も当然そこにある。

「先輩たちの教室の前って、不思議と緊張しますよね?」

 確かに、天ヶ瀬が言う通り、普段来ることのない上級生のフロアを歩くのは緊張する。心なしか、周りにいる人間すべてがオレたちのことを見ているような気もする。


「さっさと用件を済まそう。」

 歩調を速め、周りの様子など一切無視して郷野のクラスの扉を開ける。勢いよく扉を開けすぎた所為で、教室内の視線も集めることとなってしまったが、それらも無視してずんずんとオレは進む。


「お久し振りです、先輩。」

 郷野雅美が座る席の前で足を止め、挨拶の言葉を口にする。

「こんにちは、乃木口くん。」

 郷野も返してくるが、当然そこに温もりなど一切ない。オレたちは暫しそのまま相手の様子を窺うように睨み合った。


 長い黒髪に、ピンクゴールドのメタルフレーム。その奥には神経質そうな細い目が隠れている。ああ、そうだ。この先輩はこの目で人を見下し、自らが認めたもの以外にその価値を肯定しようとはしない。こういう人だった。

 しかし、それはもう過去のことだ。さっき、オレはそう教えられた。


「山下から、話は聞いてますよね?」

「ええ。乃木口くんが彼女を連れて昨日の出来事について話を聞きに来るってね。」

「なっ。」思わず素っ頓狂な声が漏れてしまった。

「何、動揺しているのよ。冗談に決まっているでしょう。」

 くっ。


「貴女が、天ヶ瀬さんね。」オレのことは無視して、郷野はオレの後ろに隠れるように佇んでいる少女に声を掛ける。「山下くんが言っていた通り、可愛い顔立ちね。」

「そんな、」

 ほんのりと頬を赤らめ、天ヶ瀬は首を左右に振る。

「雑談はこの辺りにして、話を聞かせて下さいよ。早くしないと、二時間目がはじまってしまうので。」

「そうね。私も貴方の顔を長く見ていたくないもの。」


 最後まで憎まれ口を叩き、郷野雅美は文芸部で起きた事件の話をはじめた。

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