第4話 確認

「――とまあ、こんな感じのことがあったんだよ。」


 息を一つ吐き、山下は昨日起きたという文芸部での事件を話し終えた。それにしても、話しが冗長で、事件発生の状況がいまいち呑み込めない。

 オレは静かに本を置き、聞いたばかりの話の内容を整理する。


 ええっと、まず、山下が部室に行った時には、三人の先輩がいた。部長の郷野と市ノ瀬、そして二年の中で唯一男子の黒川。

 三人は部誌について話していた。

 山下がその話し合いに参加してから少しして、黒川が珈琲を買いに部室を出る。


 その後すぐ、市ノ瀬と郷野が御手洗に行くと言って、席を立った。

 部室には山下一人が残ることとなったが、市ノ瀬が一度忘れ物を取りに戻り、再び廊下へ。


 しばらく山下は部室に一人でいることとなる。


 黒川が缶珈琲を買って戻り、一騒動起きたのち、市ノ瀬たちも部屋に戻ってきた。

 そして、市ノ瀬は部費がなくなっていることに気が付き、事件発覚となる。

 まあ、こんな感じだろう。


「まず、確認したいのが、」黙って山下の話を聴いていた天ヶ瀬がゆっくりと口を開いた。「最後に部費を確認したのは誰で、どのタイミングですか?」


「えっと、最後に確認したのは、市ノ瀬先輩がポーチを取りに戻ってきた時。その時は、ちゃんと鞄と一緒に巾着袋が有ったと言っている。」

「巾着袋?」

「ああ、説明してなかったかな。部費はこれくらいの大きさの黄緑色した巾着の中に、封筒に仕舞って入れてあるんだよ。」


 大学ノートほどの大きさの形を手で描き、山下は巾着のサイズを示す。確かに、現金を裸で持ち歩くはずもないのだから、巾着などに入れておくのは当たり前だ。


「なるほど、」

 顎に人差し指を当てながら、天ヶ瀬は二度三度頷く。今の会話だけで何か事件の謎が分かったというのだろうか。

 オレは気が付かれないように、横目で彼女の様子を窺った。


「確かに、山下くんは状況的にピンチですね。」

「そうなんだ。先輩達から、部室に一人でいたのはオレしかいないと言われて、犯人扱いされたんだ。」

 確かに、先ほどの話を聞く限り、堂々と盗みを働く機会があったのは山下だけだ。他の部員が彼を疑っても仕方がない。


「でも、盗んでないんですよね?」

「当然だよ。昨日だって、先輩たちが疑うから身体検査や持ち物検査までさせられたんだ。」

「山下くんだけが、身体検査をしたの?」

「いいや、先輩たちもだよ。でも、誰も持っていなかったんだ。」

 なるほど、それは奇妙な出来事だ。オレは一人静かに頷いた。


「つまり、こういうことですね。部室から部費が盗まれてから、誰も部屋を出て行った者がいないはずなのに、誰もそれを持っていなかった。これが解決して欲しい謎。そして、この謎によって、疑われている自身の身の潔白を証明して欲しい、というのが山下くんのお願い。」


「うん。あと、出来れば部費を犯人から取り返しても欲しいかな、」

「もしかしたら、犯人はすでにお金を使ってしまっているかもしれないから、中々難しいかもしれませんけど、やれることはやってみます。」

「お願いします。もう、君だけが頼りなんだよ、本当に。」

 再び手を合わせ、山下は拝むように天ヶ瀬に頭を下げる。その仕草に、天ヶ瀬は小さく笑いながらゆっくりと首を振るう。


「私だけじゃあ、ないですよ。」

 言うと、彼女はオレのほうへと顔を向ける。まずいと思い、慌てて閉じていた本を開こうとするが、すでに遅かった。

「乃木口くんも興味があるんですよね?」


 天ヶ瀬はにっこりと微笑んだ。

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