第3話 山下の証言
昨日、俺が部室に行くと、部屋には部長の郷野先輩と市ノ瀬先輩、黒川先輩がすでにいて、三人は机を囲み、十月に行われる文化祭で発行する予定の部誌の相談をしていたんだ。
「こんにちは。」
先輩たちに挨拶をして部室に入ると、黒川先輩が大きく手招きをして俺を呼び寄せてきた。
「ちょうど良いところに来た。お前、部誌に寄稿する原稿の枚数は決まっているか?」
みんなが荷物を置いていた机に鞄を置いて、俺は先輩たちの許に歩み寄った。
「いえ、まだ決まってませんけど、締め切りって十月の頭でしたよね。」
「本来ならそうだったんだけれども、」
口篭りながら、黒川先輩がチラリと郷野先輩へ視線を移すと、その郷野先輩が話を受け継いだ。
「実は、印刷所への入稿を早めると大分印刷費を浮かすことが出来るのよ。経費を少しでも抑えるために、それを活用しようと思うの。で、頁組みだけでも決めておきたいから、原稿枚数が分かっているのなら知りたいの。」
「確かに、部費も無限ではないですから、少しでも安く仕上げることが出来るならばそれに越したことはないですね。でも、さっきも言った通り、まだ決まってないんです。すみません。」
「だよな。内容に関しても、まったく俺も考えてないもん。」
溜息混じりに黒川先輩は呟き、天を仰ぐ。
「やっぱり、入稿を早めるのは難しいのかな?」
部長も机に突っ伏し、肩を落とす。重い空気が部室を包み、暫くそのまま沈黙が辺りを支配していた。
やがて、
「俺、ちょっと飲み物買ってくるわ。」
そう言って、黒川先輩が席を立ち上がった。まとめていた荷物の中から自分の財布を取り出し、部室を出て行く。
まるで、それが引鉄になったかのように、
「お手洗い行ってくるわ。」市ノ瀬先輩も席を立ち、
「あ、私も、」
郷野先輩も立ち上がった。二人は連れ立って部屋を出て行き、俺は一人で部室で待つことになり、ぼんやりと窓からグランドの様子を見ることとなった。
部室に来る前に降った通り雨で、さっきまでグランドはぬかるんでいたが、強い陽射しに当てられて、すでに乾いていた。
「忘れ物、忘れ物、」
歌うような節回しで呟きながら、市ノ瀬先輩が一度戻ってきた。先輩は荷物の中からポーチを取り出し、再び廊下へ戻っていく。
ほどなくして、黒川先輩が戻ってきた。
「当たったから、一本奢ってやるよ。」先輩は部室に入ると、持っていた缶珈琲の一本を放ってきた。
「いただきます。」
お礼を言って、プルタブを開けていると、「うわっ。」と先輩の低い悲鳴が聞こえてきて、そちらを見ると先輩が自身の鞄に珈琲をぶちまけていた。
「ああ、畜生やっちまったよ。」
先輩は鞄の中身を全て取り出し、ポケットに入れていたハンカチやティッシュで珈琲で濡れた教科書やノートなどの持ち物を拭いだす。
「手伝いましょうか?」
「いや、それよりティッシュ持ってたら、くれ。」
俺はポケットティッシュを取り出し、先輩に渡した。先輩は景気よく紙を束ねて、叩くように持ち物の汚れを拭う。
「何やってるの?」
そうこうしているうちに女子の先輩二人も戻ってきて、床に這い蹲っている黒川先輩を不思議そうに見る。
「いや、ちょっとな。」
苦笑いを浮かべながら、黒川先輩は汚れたティッシュをゴミ箱に捨てる。
その様子を首を傾げながら見遣り、市ノ瀬先輩はポーチを荷物に仕舞おうとした。その時、先輩は異変に気が付いた。
「あれ?」息を呑むような小さな声で呟き、市ノ瀬先輩は自分の鞄を引っ掻き回す。
「ない、ない、ない……、」
「どうしたんだよ?」
尋常ではない様子に、黒川先輩が歩み寄る。
「ないのよ。」
「何がだよ。」
「部費が、」
「え?」
市ノ瀬先輩以外の人間の声が見事に重なった。
「市ノ瀬さん、それどういうこと?」
部長が詰問するように問う。
「分からない。さっきまでは、ここに有ったんだよ。」もう一度荷物を選別しながら、市ノ瀬先輩は首を振るう。「みんなも見たでしょう。ここに部費を入れてある巾着が置いてあったのを、」
「本当にないのね?」
「ええ。」
「誰も心当たりはないのか?」
部室にいた面々を見回して、黒川先輩が問う。しかし、誰も答える者はなく、室内は静まり返った。
「誰も心当たりがないんなら、結論は一つだな。」
「結論って何よ、黒川?」
「簡単だよ。盗まれたんだよ、部費は。」
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