第2話 苦い過去と舞い込んだ事件

 それは、入部してまだ一月も経たない頃。創作文芸のイベントに毎回参加している文芸部は、新人である一年生も原稿を書く慣わしとなっていた。すでに趣味で小説を書いていたオレは、意気揚々と推理小説を書き上げた。


 しかし、


「こんな作品は文芸部として扱うわけにはいかないわ。」手元の原稿用紙へ視線を落としながら、郷野雅美は冷たい声で言った。


「何でですか?」先輩部員が発した言葉に、オレは声を荒げた。「読めないほど下手な作品じゃあないですよね。何で駄目なんですか。」

「私たち文芸部は文学を扱っているの。こんなパズルなんて、駄目に決まっているでしょう。」

「パズルって、推理小説は小説でもないって言うんですか?」

「誰が犯人かをただ当てるだけのお話だなんて、パズル以外の何物だって言うの?」


 その発言にオレの怒りは頂点に達していた。自作を批判されるだけならばまだ良い。だが、推理小説全体を否定され、大人しく引き下がれるほど高校一年生は大人ではない。


「何が、文学ですか。カビの生えた骨董品に一体どれだけの価値があるんですか?」一度怒りが口を突くと、後は坂道を転がるように止まらない。「大体使えもしない骨董品なんて、所有者の自己満足でしょう。文学文学なんて言い囃して、それを書いている自分、それを理解できている自分は高尚だって自惚れたいんだろう。まったくとんだ高二病だよ。」


「何ですって。じゃあ、推理小説なんかに文学作品のような人の心を動かすような力があるって言うの?」

「ありますよ。」

「嘘ね。偏見なく何度か推理小説を読んだことがあるけれども、なぞなぞ以上の面白さなんてなかったもの。」

「バカらしい。アンタがどう感じようと、客観的に見れば一目瞭然だ。推理小説が人の心を動かすことが出来ているから、新たな書き手も沢山現れるし、多くの人間が購入するんだろう。それとも、貴女の作品はそれ以上の影響力を持っているのですか?」

「くっ。」


 小さく奥歯を噛む音が聞こえ、オレは勝利の笑みを浮かべていた。しかし、


「推理小説と純文のどちらが優れているかは、不毛だと私は思う。」オレと郷野の遣り取りを今まで黙って見ていた、市ノ瀬涼子先輩が口を開く。「でも、文芸部で推理小説を扱うかどうかは別の話。この部では、推理小説は扱わない。だから、そんなにも推理小説が書きたいのなら、文芸部は辞めてもらう。」


「ちょっと、待てよ、」

 郷野に言い勝ち、自作を取り扱ってもらえると思っていた矢先、オレは死刑宣告を告げられた。しかも、その宣告に異を唱える他の部員は存在しない。


「山下、」同学年の部員に助けを求めるが、彼は俯いて視線を合わせることも厭う。

「畜生、畜生、」


 結局、誰からの助けもなく、オレは文芸部を追われることとなった。そんなオレが、何故文芸部の相談に応じなければならないというのだろうか。


「金輪際御免だね。」

 相談を持ちかけてきた山下に、オレはもう一度断定的に言った。


「そっか、そうだよな、」彼はオレの気持ちを動かすことが困難と理解したのか、漸う諦めの言葉をもらす。「悪い。変な話を持ち込んじゃって……、」

 項垂れ、絶望の淵に立たされたような面持ちで山下は踵を返す。


「あの、」

 そこに、小さな声と小さな手が上がる。

「私でよければ、お話を聴きますよ。」


「へ。君は?」

 振り返った山下は、手を上げたまま席から立ち上がっていた天ヶ瀬を見た。

 大人しそうな容姿をした、面識のない女子に呼び止められて山下は困惑した表情を浮かべ、オレの方へと視線を投げかけてくる。オレはただ肩を竦めて返す。


「文芸部で何か、奇妙な出来事があったんですよね。私も推理小説を読むので、もしかしたら、知恵をお貸しできるかもしれません。」

「何で、奇妙なことって思うの?」

「だって、推理小説を好む乃木口くんにわざわざ相談に来たのですから、何か不可解な出来事が起きたと思うのが普通だと思います。」さも当然という調子で、天ヶ瀬は答える。「それに、その出来事によって、貴方は窮地に追いやられている。違いますか?」


「何で?」


「『俺を助けると思って』と、ご自身で言っていましたよね。だから、」

「ああ、凄い、凄い。まるでシャーロック・ホームズのようだ。」絶望に伏していた顔に一瞬で希望の光が射す。「俺は山下尚吾。是非、相談に乗って欲しい。」


「はい、畏まりました。私は、天ヶ瀬結と言います。宜しくお願いします。」

 恭しく頭を下げて挨拶をすると、天ヶ瀬は着席する。

「それで、文芸部で何が起きたのですか?」


「実は、昨日の出来事なんだけれども、部費が盗まれたんだ。」

「窃盗だったら、まずは先生に相談したほうが良いんじゃあないですか?」

「いや、まあ確かにその通りではあるのだけれども、」

「先生に相談しても、解決に役立つとは思っていないわけですね。一体どんな状況だったんですか?」


「実は、」ぽつぽつと、山下は昨日の出来事をオレの席の隣で話しはじめた。

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