第三十六話

「俺と鹿屋さん……小学校の頃に会っていたの? しかも、俺が鹿屋さんを助けたって……」

「はい」


 今は膝枕されているので、俺は鹿屋さんの膝の上から彼女を見上げる形になっている。


 俺の言葉に鹿屋さんは力強く頷いていた。


 瞬間、急いで記憶を巡らせる。


 鹿屋さんのような美人なら、小学校の頃もさぞ可愛かっただろう。


 しかし、俺は……と接した覚えがない。


 助けてもらったと感謝されるように言ってもらったが、自分では自然とやっていることだったかもしれず、中々それらしい記憶が思い出せない。


 でも鹿屋さんは会ったと言っている。

 それも、恩を感じてくれて今でも俺のことを覚えていてくれるほど、大事な過去で……。


「市瀬くん? 無理して思い出さなくても大丈夫ですよ?」


 俺が難しい顔をしていたのか、鹿屋さんは優しい声色とにこりと笑みを浮かべながら俺の顔を覗く。

 

 鹿屋さんの顔が少し近づいたことで、甘い香りを感じる。

 頭を乗せている鹿屋さんのふとももは温かさと柔らかさが心地良い。


 思わず、このまま甘えてしまいそうな雰囲気。


 でも……鹿屋さんのその柔らかい表情には少し寂しさが見えて、俺はすぐさま謝罪モードに切り替える。


「ご、ごめん! 鹿屋さんにとって大事な過去のはずなのに俺は思い出せなくて……!」

「そんなに謝らないでください市瀬くん。その、市瀬くんが真剣に思い出してくれようとしてくれただけで私は嬉しいですから」

「で、でも……」


 俺が言葉を続けようとすると鹿屋さんは……俺の口に人差し指を軽く押し付けた。


 そして、「これ以上の言葉は不要」とばかりにふわりと優しい微笑みを向けてくれて。


「それに、これからは市瀬くんと一緒にいられますから」


 目を細めて微笑む鹿屋さんに、思わず視線が釘付けになってしまう。


 だけど、鹿屋さんは俺が見つめている理由を勘違いしたようで。


「あっ、すいません……。私が一方的に一緒にいられると言っているだけです。市瀬くんは他の女の子といますよね。むしろ、私が気軽に一緒にいられないほど、市瀬くんは人気者ですから……」

「人気者……かな? 今日は女子たちから話しかけられることは多かったけど、高橋と田中みたいに俺は、毎回女子に言い寄られているわけじゃないし……」

「それは今だけですよ。それこそ、この林間学校は終わったら市瀬くんは……」


 言葉の続きを待っていると、鹿屋さんはそこで言葉を区切り……。「なんでもありません」とそれ以上は口にすることなく、首を横に振った。


 なら聞き返すことはしないし、話を変えよう。


「話を戻すけど……俺と鹿屋さんが小学校の頃に会った件なんだけど」

「は、はい」


 鹿屋さんの強張った表情を尻目に俺は、心地よい膝枕からゆっくりと上半身を起こす。


 言葉の続きは鹿屋さんの目を真っ直ぐ見て、姿勢を正した状態で言いたいから。


 俺が起き上がった時点で勘づいたのか、鹿屋さんも姿勢を正す。


 俺と鹿屋さんは互いに緊張した面持ちで向かい合う。


 ひと息ついてから……俺は続きを話す。


「今の俺じゃ……小学校の頃に鹿屋さんと出会っていたことも鹿屋さんを助けたことも思い出せない。……本当にごめん。で、でも!」


 鹿屋さんが何か言う前に俺は強引に区切り。


「鹿屋さんにとって、俺にこうして告げてくれるほどの大事な過去だから……俺もちゃんと思い出したい。それに、答えなら鹿屋さんにいつでも聞けるからさ。だって、これからは一緒だろう? だから……もう少しだけ、俺に思い出す時間をくれないかな?」


 鹿屋さんは小さく口を開けて驚いていた。

 だが、それは一瞬のことで。


「っ! も、もちろんです! 逆に……いえ。私の過去を思い出してもらえるよう、これからの私も頑張りますね」

「ありがとう! じゃあこれからよろしくね、鹿屋さん」


 そう言って、俺は鹿屋さんに手を伸ばす。

 鹿屋さんは目を大きく見開いたが、すぐに柔らかい表情になり。


「はい。これからもよろしくお願いします」


 鹿屋さんは俺の手を握る。

 ぎゅっとお互いに力を込め、握手を交わす。 


 その手は……頬が赤くなっているように熱かった。




【告知】


本作、この度スニーカー文庫様で書籍化決定しました。


これまで色々なラブコメを書いてきましたが、まさか貞操逆転モノが初めてのラノベ担当作になるとは……。(最高です)


これも本作を読んでくれた皆さまのおかげです! ありがとうございます!!


なお、書籍化に伴ってタイトルが変わり……。


【貞操逆転世界ならモテると思っていたら】

が、新しいタイトルとなり、6月刊(5月31日)で出ます。


カクヨム版ではヤンデレ要素強めですが、書籍化版では約8割ほど書き下ろしさせていただき、『男装&実は女の子だったハーレム』という部分がメインのお話になっております!


そして、書籍化するということはが見られるということですね!

書影などの詳しい情報をこれからお楽しみに!!


書籍化版もカクヨムも両方の良さがあるので、どちらとも応援していただけると嬉しいです!

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