第三十五話
「鹿屋さん……俺を癒してくれるの?」
「はい」
聞き間違いと思っていたが……本当にそう言ったらしい。
まさか鹿屋さんの口からそんな言葉が……。
「さっきのお詫びってことなら無理してしなくてもいいんだよ……?」
きっと責任感の強い鹿屋さんのことだ。
先ほどのことを気にして、そう提案してくれたに違いない。
でもあれは俺のせいだし、鹿屋さんが気にする必要は……。
「先ほどの件のお詫びもありますが……どちらかというと、私が癒してあげたいという気持ちの方が強いのですから」
「ほ、ほう?」
なんだがまだ続きがありそうだ。
続きはもちろん聞くが、鹿屋さんは今立った状態で話している。
「鹿屋さん。立っているのもなんだし、良かったら隣座る?」
俺が座っているベッドの隣をぽんぽんと叩けば、鹿屋さんは小さくお辞儀して俺の隣に座った。
鹿屋さんがまた話し始めた。
「まず私の話になってしまうのですが……」
「うん、いいよ」
「ありがとうございます。私、昔からおばあちゃんっ子で……。母親は私が小さい頃に亡くなりました。父親は顔も知らない人です。今もどこにいるか分かりません。だから、私にとって唯一の家族がおばあちゃんでした」
「そうなんだ……」
「と、こんな辛気臭い話をしたいのではなく……。昔の私は、地味で内気で臆病で……人の前の立って何かをするなんてできない子でした」
現在、個性的なメンバーを纏めるうちのクラス委員長をしている鹿屋さんからは想像つかない。
昔はそういう子だったんだな……。
「本当はもっとたくさん話したい。友達もたくさん作って、自分の意見もハッキリと言えるようになりたい。心の中でそう思っても、学校に行けば、結局何も変わっていない自分でした。そのことを家に帰ってから毎回後悔していました。そんな時、おばあちゃんによくやってもらったことがあるんです」
「へぇー。何かな?」
今のしっかり者の鹿屋さんになった支えってことだよな?
「落ち込んだり、元気が出なかった時は、おばあちゃんに―――膝枕をしてもらいました」
「そうなんだなぁ。膝枕っていいね」
「はい。おばあちゃんは、私が落ち込んでいることに毎回すぐに気づいてくれて、何も言わずに手招きだけするんです。そんなおばあちゃんのところに行けば、また何も言わずに、正座した膝をぽんぽん、と叩いて……。優しい笑顔も浮かべていました。言葉はないけど、その姿はまるで、『わたしの膝に頭を預けて、嫌なことなんて忘れて、癒されて』って、言っているみたいで……」
「いいおばあちゃんだね」
「はい。おばあちゃんの膝に頭を預けると、必ず優しく頭を撫でてくれて……。それまで頭の中で考えていたモヤモヤが消えていって……そうしたら気持ち良すぎて気づいたら眠っていることが多くて……。起きたら、また明日も頑張ろっーてなるんです」
「うんうん」
「まあ、おばあちゃんの膝枕はあくまで癒しであって、私が変わったきっかけはまた別にありますが……」
昔を懐かしむように小さく笑みを浮かべていた鹿屋さんだったが、やがて真っ直ぐな瞳で俺を捉える。
「いつも明るく元気な市瀬くんでも、元気がない時だってあると思います。ましてや、今はさっきの件で怖い思いもされたと思います。一部始終を見ていない私には、簡単な言葉で励ますなどできません……。だからせめて、私がおばあちゃんにしてもらったように癒されて欲しくて……」
「ありがとう、鹿屋さん」
なるほど。だから鹿屋さん。さっき癒してあげましょうか、と言ってくれたんだな。
クラス委員としてクラスのために行動しているだけではなく、俺のメンタルケアまで……。
表情はクールなことが多いけど、内面は思いやりに溢れているんだなぁ。
「だから今度は―――私の膝枕で癒されてください」
「うんうん―――ん?」
いい話の続きかと思って、うんうんと頷いたが……なんか今凄いこと言ったような?
「……やはり女性の膝枕は嫌ですか? そうですよね。いくら市瀬くんといえど、女性の身体に触れるのは……。それなら、枕を一枚挟んでならどうですか?」
「いやいやいや! 嫌じゃないよ! ぜひ鹿屋さんの膝で膝枕させてください!」
鹿屋さんがまた申し訳なさそうな顔をしていたのでそれを否定すべく発言したら、思わず食い気味な発言になった。
「あ、ごめん……。俺の方こそなんか……」
「いえ。嬉しいです」
「……っ」
多分俺が見た中で1番の笑みを鹿屋さんが浮かべていた。
それから鹿屋さんはベッドの上で正座して……。
「市瀬くん。いいですか?」
「は、はい……」
「では頭を倒してください」
「はい……」
鹿屋さん膝に……俺は頭を預けた。
たったそれだけの動作なのに、それだけで緊張した。
「ありがとうございます」
「……お、おう」
これが膝枕……。
頭でまず感じるのは、鹿屋さんの膝の柔らかさ。
俺の膝は硬いけど、鹿屋さんの膝は程よく柔らかい。
そして初めて膝枕してもらったのに、すごく落ち着く。
頭にフィットしている。
まるで、最高級の枕を使っているみたい……。
「頭も……撫でてもいいですか?」
「あ、うん……」
「ありがとうございます」
鹿屋さんが小さく笑ったのが見えたと思えば、俺の頭には撫でられる感触が。
「力加減はこんな感じで大丈夫ですか?」
「あ、うん。大丈夫だよ」
優しく……でもどこか癒されるように気持ちが籠った撫で方である。
膝枕と聞いたときには緊張していたが……始まったら始まったでどんどん緊張も解けてきて……。
今はぽわぽわっ、と気持ちい気分。
これは……いいなぁ。
いいなぁ膝枕……。
「どうでしょうか、私の膝枕は? 癒されますか?」
「あ、うん……めちゃくちゃ癒されるよ……」
「良かったです」
また鹿屋さんの微笑みが。
なんか……なんか……鹿屋さんに母性を感じる……!
鹿屋さんの膝枕パワーが凄すぎてさっきのことなんてもう忘れて……。
「さっきは本当にありがとうね、鹿屋さん」
忘れる前に、もう一度お礼を言う。
「いえ、補佐官として当然の役目を果たしただけです。それに……」
「ん?」
鹿屋さんが俺の頭を撫でる手が止まった。
「私は市瀬くんに恩を返したいですから」
「え……?」
俺の顔を覗き込む鹿屋さんと目が合う。
そして鹿屋さんは再び口を開き、
「実は、私と市瀬くんは小学校の頃に会っています。そして私は……市瀬くんに助けてもらったことがあります」
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