第三十三話
「よし、じゃあ戻るか」
少し休憩すれば、のぼせかけていた身体も、頭も冷めて落ちついた。
これなら、普段通りに接することができるだろう……。
『ごめんね、いきなりこんなこと……。わたし、郁人が他の女の子と一緒にいる時……嫉妬してしまったんだ』
『うん……。ふふ、どうやらわたしの方が返り討ちにあったようだね……。慣れないことをしたからのぼせてしまったみたいだ……』
『いくと……あはは……力が入らないや……』
「いかんいかん! 早く戻ろっ」
ちょっと思考が止まればすぐに思い出してしまう。
俺はフルフルと頭を振り……再度落ち着いてから、留衣が待っている大浴場の脱衣所に戻ろうと………。
「あら。男の子が1人でいたらダメじゃないですか」
「え?」
女の人の声……。
見れば、クラスの女子でもなく、うちの高校の女子でもなく……。
視線の先には、いつの間にかホテルスタッフの制服に身を包んだ女性がいた。
見る感じ、ホテルの従業員の人だよな? まあホテルなんだし、従業員の人がいるのは普通だ。
落ち着いた雰囲気で清潔感があって、綺麗な人だなぁー。
「こんばんはー」
女性と会ったら目を逸らしたり、避ける反応をする男が多いが、俺はしっかり挨拶をする派だ。
仕事の邪魔をしてはいけないと、すぐに歩いて……。
「あら。君は私と話してくれるんですね。さっき会った子は怖がって逃げていったのに」
そう言って女性はこちらに近づいてきた。
口調がなんだがフレンドリーだな。ホテルの従業員と言えば、もっと固いイメージが……まあいっか。
「さっき会った子……俺以外に男がいたんですか?」
「ええ。さっき売店に来ていましたよ」
売店! そっか! ホテルなら売店あるよな!
これからたくさん遊ぶし、お菓子とか買っといた方がいいよなっ。
「ところで君はここで何をしているんですか? 男の子が1人でいては危ないですよ」
「あー、すいません。俺は飲み物を買ってました。風呂上がりの牛乳は最高ですから」
「へぇー。ということは、大浴場入ったんですね。男性が珍しいですね」
「そうみたいですね、あはは……」
女性に笑みを浮かべつつ、近くの時計を見れば、ここに来てもう5分以上が経っていた。
「じゃあ俺はこれで」
留衣のところに戻らないといけないからな。
それに、男性護衛官と補佐官がいない状態でいるのは……。
「あっ、待ってください」
「ん?」
美人なお姉さんに待ってと言われたら待つよな。
「こんなにも優しく話してくれる男性に会うの、私初めてなんです。なので、もう少しだけ……お話してもいいですか……?」
女性は少し上目遣い気味で言った。
そんなにみんな冷たいのか……。
こんな美人なお姉さんに話しかけられたら嬉しいだろ!
しかも、ホテルの従業員だし一般の女性よりは話しかけやすいと思うのだが……。
「いいですよ」
もう少しくらいなら話してもいいよな。
それから俺は主に女性から聞かれたことに答えた。
好きな食べ物は何か。
普段の過ごし方やどこの高校なのか。
当たり障りのない質問ばかりだった。
「答えていただきありがとうございます。貴方のことを色々と知れて嬉しいです」
女性はにこっ、と笑った。
留衣や
クラスの女子といい、この女性といい……この世界の女性って、意外と普通じゃん!
「じゃあ次は……」
女性がまた質問しようとしてきたが、さすがにそろそろ戻らなければ……。
「すいません。俺、そろそろ戻りますね」
引き止められる前に、笑顔を浮かべながら早歩きで女性の横を通り過ぎようとした……時。
「待ってください」
「え」
俺は歩くのをやめた。
と言うよりは……。
女性にガシッ、と腕を掴まれて反射的に足が止まってしまった。
「待ってください。男の子が1人で館内をウロウロするのは危ないです。私がお部屋まで送りますよ」
「い、いえ……結構です」
「遠慮せずに」
女性は綺麗な笑顔を浮かべていたが……目は薄ら開いていた。
隙間から見える目は、獲物を逃がさないとばかりに……ギラついていた。
「……っ」
ゾワっと。鳥肌。
あれ……なんか……。
「お、俺1人で大丈夫ですよ……。それに、男性護衛官もいるので!」
「でも今は1人ですよね? その男性護衛官も君を野放しにするなんて……そんな女、捨てたらどうですか?」
「いつも頑張ってくれている男性護衛官のことをそう言われるのはっ。……っ⁉︎」
男性護衛官……留衣のことを悪く言われてすぐさま反応した時。
またぎゅっ、と腕が締め付けられる感覚。
だが今度は、締め付ける力が増すばかりで……。
「っ、あの、離して……」
「……」
ぎゅぅぅぅぅぅぅぅぅ。
まるで腕を潰すぐらいの勢いで握られる。
「ちょ⁉︎ 力強っ⁉︎」
腕を引っ張ったりして抵抗するが、なかなか離してくれない。
だが俺は日頃筋トレしてるし、絶対降り解けないほどじゃない……。
ふぅ、と深呼吸した後……俺は女性の掴んだ腕を一気に振り解いた。
「っ⁉︎」
女性は自分の腕と俺を交互に見て驚いたように見つめていた。
俺が思ったより力が強かったのに驚いているのだろう。
この貞操逆転世界は、男性は力が弱く、女性は力が強い傾向にある。
筋トレとかすれば、力がつくとはいえ……世の男性はそこまで鍛えたいと思ってないし、鍛える理由もない。
この世の男性は優遇されがちだからな。
なので、基本的に力が弱い。
男性が女性に襲われる被害が絶えないのは、抵抗できる力がなくて回避できないって要因もあるよな。
でも俺は、モテたいがために筋トレをしたし、大抵の女性よりも力は強いみたいだな。
「えっと……お姉さん……?」
「……」
さっきから女性の様子がおかしい。
普通ではない。
そう分かる。
「ふふふ……君は力までも他の男の子とは違うのですね」
「え?」
「ああ、あああ……ふふふ……君が欲しいです……男が、欲しい……ふふふ」
「っ……」
俯いて喉を鳴らしていたと思えば……ばっと顔が上がった。
笑みを浮かべているだけなのに、すごく……怖い。
これが、この世界の女性……。
「市瀬くん!」
「っ、え! 鹿屋さん!」
声がした方を見れば、お風呂上がりなのか、髪がまだ濡れたままの鹿屋さんが……。
はぁはぁ、と息を切らしていることから、急いで来たみたいだ。
あれ、俺って……結構やばい状況にいる?
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