第二十七話

「起きてください……くん。起きてください……」

「んー……」


 身体が程よく揺れていて、どこか遠くで女の子の声が聞こえる……。


『起きてください……。図書室はもう閉まりますよ』


 そういえば、昔もこうやって女の子に起こされたことがあったよなぁ……。


「市瀬くん、着きましたよ。早く起きないとバスで林間学校を終えることになりますよ」

「ついた……? 林間学校? ……。はっ!」


 がばっと、身体を起こす。 

 

 俺のばかっ! 寝てる場合じゃねぇぇ!

 林間学校はもう始まっているのだ。


「おはようございます。熟睡でしたね」

「あ、ああ……おはよう、鹿屋さん。……起こしてくれてありがとう」

「いえ」


 まだ頭がぽわぽわしている状態で周りを見渡せば、みんなバスを降りているところだった。


「あれ、留衣は?」


 留衣が隣にいない。


「遠坂さんは男性護衛官の招集があったので先に行きました」


 なるほど。だから代わりに補佐官の鹿屋さんが俺を起こしてくれたと。

 今回はこういうことが多そうだな。


「やはり遠坂さんではないと不満ですか?」

「え?」

「……いえ、なんでもありません。行きましょうか」

「おう……そうだな」


 バスを降りる列に並ぶ。

 鹿屋さんが前に。俺はその後ろに。


 自然と鹿屋さんの後ろ姿に視線がいく。  


 今日も美人で黒髪ポニーテールが似合っているなと思いながら……俺の視線はあるところで止まった。


「……ふむ」


 ――――鹿屋さんのスカートから伸びる脚は、黒タイツに包まれていた。


 黒タイツって……いいよなぁ。



◇◇


 各自部屋でジャージに着替えて駐車場に戻ってくる。  

 活動場所はちょっと離れにあるらしい。


「じゃあお前ら。いよいよ林間学校が始まったって感じが……羽目を外しすぎるなよ?」

「「「は〜い」」」


 聖美先生がどうやら林間学校での先生代表みたいだな。

 そしてニコニコ笑顔で返事する女子たちと対象的にすごく不安そうな表情の男子。

  

 俺はというと……。


「楽しみだなぁ〜!」


 男の中で唯一、めちゃくちゃワクワクしていた。



◇◇


 午前中のスケジュールが終わって、お昼の時間を迎えた。

 特に変わったことはなく、話を聞いたり、映像を見たりと至って普通だった。


 うん……そうだな。

 その普通ってことが男子にとってはいい事なんだろうけど……。


 俺としては、ちょっとは何かすっごいイベントがあるじゃないかって期待していた。

 正直にいえば、美少女とちょっぴりエッチなハプニングとか!

 だって貞操逆転世界だからな! 


 しかし、午前中は何事もなく終わった。

 まあしおりに書いてるスケジュールを見た時点で分かっていたことだけどさぁ。


 さて、切り替えてお昼の時間だ。


 バスでは寝てしまって朝ごはん食べられなかったから、凄いお腹空いてるんだよなぁー。


 俺たちは食堂ではなく……野外調理へと向かった。


「じゃあお前らー。ちゃんとしたカレーを完成させろよー」

「「「はーーい!!」」」


 朝よりも女子たちの声が大きい。


 林間学校の昼ご飯といえば、みんなでカレー作り。

 それは貞操逆転世界でも変わらないようだ。

 家族以外の人と協力してご飯を作るのって、なんか特別感あってワクワクするよな。


 そして俺にはもうひとつ……楽しみな要素があった。


 俺はちょっとだけ、他の班の会話を盗み聞きする。


「アタシが料理担当がいい!」

「えー! わたしが料理担当! この日ために超特訓してきたんだからっ」


「火おこしと水汲みって、男子にいいところ見せられないから嫌だー!」

「ねぇねぇ。君は誰の手料理食べたい? 私だよねっ」 


「おーほっほっほっ! 皆様どきましてよ! この各地方から取り寄せた最高級食材でわたしくしが殿方の胃袋をわしわし掴みにするのですから!」


 各班。料理に取り掛かる前から盛り上がっているようだ。

 最後の子はなんだか胃袋をもぎ取ろうとする勢いだな。


 この林間学校で、女子たちはなんとしても男子との距離を縮めたいはず。

 だからアピールポイントとして、料理上手なところを見て欲しいという女子が多い。

 と、留衣が言っていた。


『田中くん、私の手作りお弁当食べて!!』

『高橋く〜ん。これぇ、5分で完売するっていうあそこの限定サンドイッチ〜。ついでにわたしも食べていいよぉ〜』

『皆さまどきましてよ! お2人とも! わたくし専属のシェフがフレンチのコースをご用意いたしましたので、ぜひっ!!』

 

 美少女が持ってきてくれた手作り弁当やわざわざ買ってきてくれたサンドイッチ。高級なフレンチは食べれなかった俺だが……。


 美少女の手料理を食べられるチャンスでは!


 まあうちの班は喧嘩などせず、みんなで協力して作るって感じになるだろうから、美少女の手料理っていうのは大袈裟かもしれないが……。

 

 それでも俺以外はみんな美少女だし、実質手料理と言ってもいいと思う。


 ……なんか、こういう発想がモテてない男って感じするけど……それでもいいじゃないか! 


「わたしたちもカレー作りに取り掛かろっか」


 ここでも留衣が仕切ってくれる。 

 毎回頼もしいが……留衣は料理は全くできないんだよなぁ。


「ちなみ料理できる人ってどれくらいいる?」


  役割分担もあるので俺は聞いてみる。

 もしかしたら、他の班みたいに料理担当の取り合いになったりして……。


「……」

「……」

「「……」」


 そうして手が上がったのは……0人。

 えっ、ゼロ⁉︎

 

 留衣だけでなく、鹿屋さんや他の2人も何やら気まずそうに視線がウロウロしている。


 あれっ? 美少女の手料理を食べるという俺の目標終わった⁉︎

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