第二十五話

「このっ、どうしてくれるんだ!」


 また男の怒鳴り声がした。 

 

 探せば……声がしたのは、ドリンクバーの方。

 見れば、状況が分かった。


「す、すいません……!」

「ママぁ……」


 どうやら子供の持っていたジュースが、男のズボンにかかってしまったようだ。


 男の方は見た感じ、おじさんってくらいの年齢。

 対するは、親子。2人とも女性である。


「すいませんすいません……!」


 母親らしき人が何度も頭を下げていた。

 ちょっとしたハプニング。

 相手は不機嫌のままだろうが、すぐ済むことだと思ったが……。


「チッ、この男の俺にジュースをかけるとはぁ……自分たちがやった事の重大さ、分かっているんだろうなぁ?」

「いえ、決してわざとではなく……」

「ごめんなさい。わたしがこけちゃったから……っ」

 

 どうやら子供の方がこけてしまって、運悪くおっさんのズボンにジュースをかけてしまったようだ。


 それにしてもおっさんのあの態度……。

 相手は、小学校低学年ぐらいの少女だぞ。

 大の大人がそこまでキレるかよ……。


「ガキの教育もまともにできないのかぁ? あん?」

「すいませんすいませんっ」

「ふんっ。まあお前ら女なんて、所詮俺たち男に媚びていかないと生きていかないといけないんだから、結局身体だけはあればいいよなぁ」

「……なんだ、アイツ」


 そんな言い方はないだろう。 

 どう見ても、女性を見下している態度。

 ああいうタイプの男って、いつの時代もというか、どこの世界にも存在するだな。


 この貞操逆転世界。

 基本、女性が苦手な草食な男性が多いが……多いというだけで全員がそうではない。

 こうやって、男であることを特別な権利のように振り翳す輩もいる。


「つか、口だけでうるさいんだよっ。謝罪ってこうもっとあるだろ? ほら、土下座とかさぁ? ああ、俺の服を汚したんだ。お前らに服なんていらないよなぁ?」

「あの野郎……」


 俺の口もどんどん悪くなる。

 他人事だとか関係ない。このまま黙って見てられない。


 一言だけでも言いに……。


 そんな俺より先に動いたのは―――


「……ちょっと、いいですか?」

「あんッ?」

「えっ、玖乃⁉︎」

 

 いつの間にか玖乃がおっさんの前にいた。

 

「なんだぁ、お前? この女の子供かぁ?」

「いえ。全くの他人です」

「ならどっかいけよっ。男がしゃしゃり出てきてんじゃねぇよっ!」


 相変わらず、乱暴な口調。


 おっさんをよく見れば……頬が薄らと赤い。 

 ……酒を飲んでるのか?


 だからさっきから口調が荒かったり、話が噛み合わなかったり、足元がフラフラしているのか。


「ひっくっ……。お前も教育が必要みたいだなぁ?」

「いえ。教育が必要なのは貴方の方では? いくら貴重な男性であっても……人に暴言を吐いてはいけないというのは、常識だと思いますよ」

「あん? じゃあ……口じゃなくて痛い目に遭うのはいいってことだよなッ」


「玖乃!」


 こいつ、ついには話を無視して暴力を!


 拳を振りかざしたため、思わず声を上げる。

 瞬間、俺もその場所へと―――


「……結局そうですか。ふっ!」


 ―――だが、心配は要らなかったようだ。


 飛んできた拳を玖乃は身を躱し、その勢いを利用しておっさんの腕を捕らえた。


「いだだだだだだ!!!!?」


 玖乃が力強く捻り上げれば、おっさんは苦痛の表情を浮かべながら、その場にひざまずくように倒れ込んだ。


「お、おお!」


 思わず、小さく拍手。


 さすが男性護衛官。男性護衛官は護衛術を学んでいるらしい。


「これに懲りたら、反省してください。それと、あの方たちもわざとではないので許してあげてください」

「す、すいませんでした……!」

「ごめんなさいっ」


 親子が再度、深々と頭を下げる。


「この慣れた感じ……。チッ……くそっ!」


 酔いが覚めたのか、周りの視線を集めているのに気付いたのか……。

 舌打ちをして、おっさんはあっさりとその場を立ち去っていった。


「玖乃!」

「あ……兄さん」


 玖乃の元へ急いで駆け寄る。


「ごめん! 俺っ、何もできなかった…!」

「いえ。兄さんは動かないでいてくれた方が助かります。巻き込まれて怪我でもしたら大変ですから」

「だけど……」


「あのっ、ありがとうございました……!」


 親子が玖乃の元へと来た。

 

 俺は何もしていないのでそっと移動して、ちょっと遠くから見守る。

 

「怖い思いをしましたね。涙を流さずしっかり謝れて偉いです。でも次からは飲み物を運ぶ時は気をつけてください」

「う、うん……っ」


 玖乃は表情が強張っている子供に視線を合わせるように屈み、その子の頭を撫でる。

 女の子の表情はたちまち笑顔になった。


 玖乃は……凄いよな。


「ありがとう、お兄ちゃん!」

「はい……」


 笑みを返す玖乃。

 でもその小さな笑みはどこか……暗かった。



◇◇


 店を出た俺と玖乃は、ショッピングモール内をフラフラと歩いていた。


「兄さん、さっきはすいませんでした」

「ん? 何がだ?」

「その……いきなり飛び出してしまって……」

「ああ、アレか。でもあの行動は正解だったよ」


 あのおっさんを止めに入ったことだろう。

 周りの人はみんな女性。店員も女性。

 相手が男性とあり、みんな注意したくても中々近づけなかっただろう。


「あの態度と言葉がどうしても許せなかったんです……」

「そうだなぁ。アレは酷い」

    

 いくら酔っているからといって、女性を見下す態度や暴言を吐き散らすなんて男としてではなく、人として最低だ。

 

「ああいうの見るとなんか嫌な気持ちになるよなぁ……」

「……はい」

 

 さっきのことを思い出したら、なんだがこっちの空気までどんよりしてきた。


「よし! こういう時は思う存分遊んで忘れようぜ!」

「……そうですね」



◇◇


 ゲームセンターに行ったり、おやつにクレープを食べたり、雑貨屋を回っていたりしたら、あっという間に帰る時間となった。


「今日は付き合ってくれてありがとうな、玖乃」

「いえ。私も楽しかったですから」


 昼間の件もあって玖乃の気分が暗いと思っていたが……時間が経てばいつも通りになった。


「兄さん。林間学校はくれぐれも周りに注意を払って楽しんでくださいね」

「おう。分かった。男性護衛官の留衣がいるし、まあ大丈夫だろう」


 それに補佐官の鹿屋さん。班の2人も話しかけてくれるし、楽しい林間学校になりそうだ。


 とにかく、男性護衛官が傍にいれば安心だ。


 そう、男性護衛官。

 

「……」


 隣の玖乃をチラッと見る。

 

 男性護衛官とは、男子の護衛官じゃなくて、男子を守るための女子の護衛官ということらしい。

 留衣に教えてもらった。


 そうだよな。普通に考えて男子を守るんだから、その男子が護衛官だとおかしいよな。


 そして玖乃は……中学では男性護衛官している。

 つまり玖乃がという可能性が……。


 いやでも、男性護衛官が全員女子であるってのは聞いてないし……。中学ならまた男子の護衛官がいるかもしれない。


 そう考えてしまうのは……玖乃がもし女の子なら、自分から話すと思ったから。

 だって俺たちは同じ親から生まれてきてなくとも、なのだから。

 家族に性別を隠す必要なんて―――


「兄さん」

「ん?」

「林間学校では私がいないからって、泣かないでくださいよ?」

「お、おう。泣かないぞ! 玖乃こそ俺がいなくて泣くなよ? まあ寂しくなったら電話掛けてもいいけどな!」

「大丈夫ですよ」


 おっと、拒否されてしまった。

 お兄ちゃん寂しい。


「それに、


 そうだな。1泊2日が終われば、また家に帰ってくるもんな。


 俺たち家族だし、家にいる時なら一緒だしたな。










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